第19話‐DANGEROUS SPEEED④・後編

※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前中後編にします。

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 ——ドッグファイトに決着がついた頃、キャットファイトも佳境に入っていた。


 「——しぶっ、といっ……!」

 「ぐぅ……っ!?」


 苛立ちに満ちた声と共に、ミーシャの渾身の蹴りが炸裂する。


 苦し気に呻いたキキ。間髪を入れずに至近距離から放たれて来た銃弾を上体を逸らして躱し、そのまま彼女はバク転をしながら道の脇まで後退する。逃がさないとばかりに次いで放たれて来る銃弾を躱す為に、キキは近くの廃工場に入って行く。


 「ちぃ……っ」と、短く舌打ちをミーシャはその後ろを追った。


 崩れたレンガの大穴から廃工場に入ると、溶鉱炉のような巨大な釜と滑車やら手押し車やらが散乱している。きっと昔は、製鉄に関する工場だったのだろう。


 ——ここなら、仕留められる。


 丈の高い道具が建ち並ぶ場内を見て、ミーシャはスカーフの中の口元を吊り上げた。


 「……っ! そこっ!!」


 ジャリ……っ、と。物陰からした足音の方へ向けて引金を引く。突き合わされる銃口。物陰からこちらに撃って来たキキと、ほぼ同時に銃弾が交錯する。


 双方、外れた銃弾と鉄製の道具が弾け火花が散った。すぐにミーシャの視界からキキの姿が消え、足音が少し遠くなる。


 「……冒険者らしくない戦い方。セコい」


 ミーシャの嘲笑が場内に響き渡る。


 ——おそらくこれが、キキが場所を移した理由だろう。


 先んじて攻撃を仕掛けて、攻撃が来る前に離脱する——つまり、ヒット&アウェイ戦法である。キキはこの物陰の多さを利用し、自分を仕留めるつもりだ。


 先ほどまで格闘と小銃の銃撃を織り交ぜた変則的な銃型ガン=カタスタイルで戦っていたキキだったが、リボルビングライフルを渡し、あの少年からリボルバーを受け取ってからは、距離を取り、再び銃撃を主体に攻撃を仕掛けてきている。


 リボルバーの取り回しの良さを利用した早撃ちで、自分に撃ち勝とうとしたのだろう。だが悪手だ。おおかたガンマンとしてのプライドが彼女にその選択を取らせたのだろうが、銃を変えたところで、手数が増えるわけではない。


 結果的にジリジリと自分との撃ち合いに押し負け、戦いの場を変更し、コソコソと狙い撃つような戦法を取らざるを得なくなっている。


 だが——この場所は・・・・・ミーシャに・・・・・とって都合がいい・・・・・・・・


 「——逃げた場所が悪かった。これで私の勝ち……!」


 蒸気銃の銃口を上に向け、撃鉄を下げる。その撃鉄の先についた小さなファイアリングピンを下に向け、引金を引く。瞬間、蒸気銃の下のバレルの中で小さな爆発が起き、フック付きのワイヤーが射出された。


 カチンっ! と、フックが溶鉱炉の口に引っかかったのを確認し、銃把グリップの脇についた小さなレバーを親指で前に倒す。


 すると、プシュゥ! と、青みがかった蒸気が銃身から吐き出され、ワイヤーを巻き取り始めた。フックの方へ引っ張られ、ミーシャの身体が浮き上がる。


 数メートルほど浮き上がると、ミーシャは再び逆の手の蒸気銃からフック付きワイヤーを射出した。それを巻き取り、再度、逆側の蒸気銃で同じ作業を繰り返し、場内を飛び回る。


 そして——。


 「——見つけた」


 物陰の後ろでリロードをしていたキキの姿を確認する。驚きに染まった彼女と目が合い、ミーシャは空中を飛び回りながら、逆手の銃で銃撃を浴びせた。


 「ズルくないっ、それ……っ!」


 空から雨のように降って来る銃弾を転がるようにして、キキは回避した。


 物陰を背にするも、すぐに回り込んで来るように空中をワイヤー移動してきたミーシャが、銃撃を浴びせて来る。「くそっ……!」と悪態を吐いたキキは、追って来るミーシャから遮蔽物を利用しながらあちらこちらを逃げ回った。


 「もう諦めた方がいい。ただの悪足掻きでどうにかできる状況じゃないのは、冒険者なら分かってるはず」

 「……負けっぱなしは性分じゃないのよ!」

 「……」


 意地悪く逃げ回るキキの背中へ向けて最後通告を突きつけるも、返って来た言葉は、ミーシャの慈悲を突っぱねる子供の戯言のようなものだった。


 呆れて目を細めたミーシャは、両方のワイヤーを巻き取り、空中に躍り出る。そのまま二丁の蒸気銃を構え、確実にキキの背中へと標準を定めた。


 これで終わり……。内心でそう呟いた次の瞬間、敗れた天井から射した日の光に照らされてキキと自分の姿が照らされる——そして、ミーシャは気付いた・・・・・・・・・


 陽光で照らされ地面に映ったキキと自分の影。


 二つあるはずの影が・・・・・・・・・自分の分しかない事に・・・・・・・・・・


 ——幻影? まさか……魔法……っ!


 それが魔法による幻影であると思い至った瞬間だった。


 「——あら、気付いちゃった? 意外といい勘してるじゃない」

 「……っ!?」


 声が響いた。同時に幻影のキキが消え——代わりとばかりに、自分の影に重なって、二丁のリボルバーを構えるガンマンの影が地面に投影された。


 ——上だっ、上にいる!


 ヤバいっ! と、ミーシャは咄嗟に身体を捻り、破れた屋根の上から自分を狙っていたキキに銃口を向ける。しかし、気付くのが一瞬だけ遅かった。ミーシャよりも僅かに早い速度で、キキの銃撃が鳴り響く。


 「ぐっ……!」

 「これでもう飛び回れないわよね?」


 空中でバランスを崩しながらも、何とか着地したミーシャは、銃身の上についた蒸気式のワイヤー巻き取り機を見る。今の攻防の中で、二丁ともがキキの銃弾によって撃ち抜かれ壊れている。


 幸い銃としてはまだ使えるものの、ワイヤーは使えないだろう。


 勝ち誇るような嘲笑で、屋根の上から自分を見下ろして来るキキを睨み返しながら、ミーシャは蒸気銃の下のバレルを固定していたピンを引き抜く。


 そして、ガァン! と。二丁の蒸気銃の上部——ワイヤーの巻き取り機を近くの瓦礫にぶつけ、ムリヤリ巻き取り機と繋がったバレルを銃から外した。


 巻き取り機と下のバレルが外れた蒸気銃——ただのリボルバーに成り果てた二丁の銃を構えた彼女は、ゆっくりとキキに銃口を向けながら宣った。


 「……この銃の代金は支払わせる。勿論、お前の命で」

 「やれるならやってみれば? やれるならね」


 悪態の応酬が終わった次の瞬間——ミーシャが数発分の引金を引いた。


 すぐに姿を消したキキを追って、ミーシャは瓦礫の上へと何度か跳躍しながら、屋根の上へと跳び上った。屋根の上から自分が顔を出した瞬間、撃って来る——かとも思ったが、意外にもキキは二丁拳銃を構えながら自分を待ち構えていた。


 「……正直、さっきの攻防で廃工場ごと魔法使って吹き飛ばしてやろうと思ったんだけどね……やっぱり性分じゃないのよね? 銃撃戦こっちで負けっぱなしっていうのは」

 「二丁あれば勝てると思ってるなら大間違い。掛かって来るといい……格の違いってヤツをお前に教える」


 言うや否や、二人は二丁の銃口をお互いに向けながら突貫した。


 互いの急所に放たれた銃弾。しかし、それを当たり前のように撃ち落とし——、あっとう言う間に、銃弾だけでなく拳と蹴りが届く範囲にまで二人の距離が縮まった。


 ——そこから繰り広げられたのは、技と技、意地と意地のぶつかり合いである。


 至近距離から放たれる銃撃。自分に向いた銃口のギリギリで払い、蹴りに頭突きに裏拳に肘打ち。弾が切れれば隙を見てアクロバティックにリロードを決め——、そのついでとばかりに銃把グリップの底で殴る。


 細かいダメージは通るものの、決定打には届かない——。


 そんな歯痒さにイライラが募るような泥仕合である。


 二丁拳銃による銃撃戦と格闘術による近距離戦、ジャンとはまた少し違った二丁拳銃による銃型ガン=カタスタイルで戦うキキとミーシャ。


 一切の休む間もなく戦闘を続けている為か、二人とも玉の汗を流しながら息を上げている。とうとう限界が来たのか、肩で息をしながら道の中央で銃口を突き付け合った。


 「はぁ、はぁ……お互い、残弾は銃に入ってるコレで最後ってところかしら……?」

 「自分の手の内っ、晒すわけない……っ」


 周囲に転がる空薬莢の山。


 カラカラと転がるそれ等の内の二つが、屋根の上でぶつかる。


 まるで、それが合図だったかのように、キキが左手の銃——ルースから受け取ったリボルバーで、自慢の早撃ちを披露する。それを転がって回避したミーシャへと距離を詰め、「ふっ!」と、殺意の籠った呼気と共にローキックを放った。


 やはり体格差がある為か、的の小ささのおかげで攻撃は当たりにくい。


 寝転んだ状態から跳ね起きたミーシャは、そのままキキの蹴りを躱し、銃撃を見舞う。見事な回避、そして攻撃への繋ぎを披露するも、一撃でもクリーンヒットがあれば、敗北がチラつくミーシャにとってキキの格闘は脅威である。


 ギリギリの攻防の中、玉のような汗がミーシャの額から飛んだ。


 その焦りを見透かしているかのように、ミーシャの銃撃を恐れずにキキが一歩前へ出た。勝負を決めに来たのだろう。「ぐぅ……っ!」と、被弾覚悟で踏み込んだ為か、キキの脇腹を銃弾が掠めた上に、左手の銃が弾き飛ばされる。


 しかし——、その甲斐はあった。


 跳ね起きたミーシャが地面へと足を着く瞬間を狙いすまして、キキが渾身の回し蹴りを放つ。「——がぁぁっ……っ!!?」と、ミーシャの鳩尾へとモロに突き刺さり、数メートルの距離を吹っ飛ばされる。


 ——くっそ……折れ、た……っ!


 何とか右腕のガードが間に合った為か、一撃で昏倒する事は無かったらしい。しかし、今の蹴りで骨が折れたらしい。力が入らないミーシャの右手から、銃が零れ落ちる。


 チカチカする視界。苦し気に呻いたミーシャは、力を振り絞って起き上がった。


 「——チェックメイト、よ……っ」

 「っ……」


 しかし、勝ち誇ったキキの声が響いた。


 同時に自分のこめかみに押し当てられた銃口の感覚に、ミーシャは短く息を呑む。


 「……アンタ、結構強かったわよ……っ? まぁ、私の半分くらいの実力は……、あるん、じゃないっ?」

 「……肩で息しながら言うセリフじゃない」


 ギリギリだったのだろう。はぁ、はぁ、と。息切れしながらしたり顔で語るキキ。確かに実力はあるが、ここまで自尊心が強いと少しだけ呆れる。それに——。


 「……はぁ~。確かに言うだけの事はある。お前は強い」

 「……フフン♪ ……当然、よねっ——」

 「——でも・・詰めが甘い・・・・・


 ニヤリ、と。勝ち誇った笑みを向けながら、ミーシャは銃口を向けた。


 当然、ミーシャのこめかみに銃口を当てているキキの方が、この状況においては圧倒的に有利だ。キキもそれを分かっているのだろう。少し驚きに満ちた表情でミーシャを見るも、すぐに表情を引き締め引金を引いた——。


 「——なっ!」


 が、しかし。カチっ、と——弾切れを知らせる・・・・・・・・空撃ちの音・・・・・が響き渡り、キキの表情が焦りと驚きの色に染まる。


 「……ガンマンなら残弾くらい確認しておくべきっ……!」

 「ヤバ——っ」


 勝利を確信した事により油断したのだろう。キキが後退しようとするも、既にミーシャが銃口を向け引き金に指を掛けている。


 ミーシャは確信した。これは、絶対に躱せない・・・・・・・タイミングだ・・・・・・、と。


 「ぐっ……くそっ……!」


 だが、どうやら勝利の女神は自分の事を嫌っているらしい。


 先ほどのキキの回し蹴りのダメージがこのタイミングで身体を蝕み、グラリと、視界が揺れる。ミーシャは負けじと引金を引くも、狙いが逸れ、キキの額を狙った銃弾は大きく逸れ、彼女の左肩を撃ち抜く。


 「ぐ、ぁ……!」と、キキの苦し気な呻き声。鮮血が宙を舞う。


 ——クソっ、こっちも残弾がない……!


 次いで銃を撃とうとしたミーシャだったが、ミーシャの銃も弾切れだ。リロードをしようと、腰の銃弾に手を伸ばそうとするも、銃を持った逆手が折れていて動かない。


 キキも同様である。ダラリと垂れ下がった腕から血が滴っている。しかし、まだ目は死んでいない。ギリリと彼女は歯を食い縛った。


 ——故に、二人の取った行動は同じだった。


 リロード勝負! と、内心の呟きが重なった二人は、戦いの中で、地面に転がった未使用の薬莢——それを器用に蹴り上げ、銃のシリンダーを開く。


 そして、空中でそれを——直接リロードした・・・・・・・・


 ジャキンっ! と。空中リロードという超人技を披露した二人は、息を吐く間も惜しむ程の速度で、その銃口を互いに向け、そして——。


 「「……っ」」


 トリガーを引こうとして、止めた・・・


 理由は単純である。


 全く同じタイミングで相手に狙いを定め、引金に指を掛けたからだ。


 これでは、このまま相手を撃ったとしても相打ちで終わってしまうだけである。勝者のいない決着に意味など無い。ならば、既に勝負はついたと言っていいだろう。つまるところ——それの意味するところはたった一つ。


 ——引き分け、である。


 それを理解した瞬間、二人は「「はぁぁ~~~……」」と。


 どっと疲れた様子で深い溜息を吐くと、突き付けた銃口を降ろす。


 「……認めてやってもいい。若いにしては良い腕してる。……性格は悪いけど」

 「一言余計じゃない? ……まぁ、私も認めてやってもいいわ。誇っていいわよ? アンタもいい腕してるわ」


 素直に相手を褒め称えたキキ。


 銃を仕舞って、右手を差し出し握手を要求してきた彼女を、キョトン、とした顔で見たミーシャは、すぐにフッ……と。


 表情の乏しいその顔に小さな笑みを作ると、その手を握り返す。


 美しい友情とは、斯くもこうあるべきなのであろう——。


 死闘の後に互いの実力を認め合って、親愛を育む。正しく物語における王道展開である。


 「キキさ~ん! そっち方はどうスか~……って、うわぁ~……」


 ——だが・・しかし・・・


 戦闘を終えたルースは目撃してしまった。近くに落ちていた工業用チェーンで、グルグル巻きにされたジャンと共に。


 「ぐあ……っ、……こんのっ……クズガキィ~……っ……!?」

 「……」


 差し出した手を握ったミーシャが握った瞬間——、その手を思いっ切り手前に引っ張り、彼女の鳩尾みぞおちへと膝蹴りを入れたキキの姿を。


 当然ガードも間に合わず、完璧にモロに入ったその一撃。成す術もなくミーシャは、白目を剥きながら倒れ伏した。


 そして、「アハハハハハ!」と。


 ミーシャの背中に足を置き腕を組んだキキは、高笑いをしながら宣った。


 「悪いわね? 銃で決着をつけるつもりだったけど——、気が変わったわ・・・・・・・。真剣勝負だもの……やっぱり、どんな手を使ってでも勝ってナンボよね?」


 勝ち誇った表情でキキが浮かべたその笑みは、下種のそれであった。

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