第14話‐DANGEROUS SPEEED②
【PEOPLE OF THE ABYSS】の店内。騒ぎを聞きつけた数十人の警察たちと、リベルタス警察の刑事課の警部エマ・グリンサムは、現場の処理を行っていた。
店内は死屍累々といった様子である。
シャーウッドの会の構成員と思わしき男達の大半が昏倒させられており、辛うじて意識のある数名も、剣の腹や峰で打たれたような複数の打撲や、銃で手足を正確に撃ち抜かれた傷が原因で、その場から身動きが取れないようだ。
見る者が見れば分かる。明らかにプロの仕事だ。
そのプロの正体——アスマたち冒険者と彼らの戦闘があったのは明らかである。
「派手にやったねぇ……アイツら」
頬をヒクつかせながら黙っていたエマは、店の様子を見て重々しく口を開く。
見ると、支柱やら屋根やら他にも色々な何やらが破壊されており、正しく『大暴れ』した事は誰に聞くまでもない事だった。
少々
依頼したのは警察側な手前、文句の一つも言う事が憚られる。仕方なしといった風に彼女は、検挙した人物のリストを見ながら、近くで男達を拘束していた警察官に話し掛けた。
「これで全員かい?」
「……いえ。少なくとも店でノびていた連中と動けない連中は確保できましたが、我々が到着する前に十数人の構成員が逃亡したものと思われます。【PEOPLE OF THE ABYSS】オーナー所有の
「……そうかい。前々からここのオーナーは黒い噂が絶えなかったけど……まさか、テロリストなんて支援してたとはねぇ。アスマの口から聞くまでは信じられなかったよ……。まぁ、いい……今回の件でようやく逮捕に踏み切れる。武器庫にあった証拠物品は全て回収したんだろう?」
「……あー、それなんですが……」
エマの問い掛けに渋い顔をした警察官。
「……実は、幾つかの武器弾薬が持ち出された形跡がありまして……」
「何……?」
「ライフルと拳銃が十数丁……その他に、木箱の大きさからしてガトリングガンと思わしきものが持ち出された形跡があります……」
「……ガ、ガトリングガン……?」
警官の口から出て来た予想外の言葉に驚き、検挙リストから顔を上げる。
紛争地くらいでしか聞かないような兵器の名前が、何故こんな場所で出て来るのだろうか? もし、そんな物が使われれば、場所によっては民間人にも被害が出る。そもそも一体どうやってそんな物を持ち出したのか——。
「……とりあえず本部の方へ現場の現状を伝えて来てくれるかい? ブロンズチャペル内の捜査人数を増やして、民間人に被害が出る前に、逃げた連中を全員検挙する」
「はっ、了解です」
脳裏を過る嫌な思考を無理矢理に中断し、こめかみを抑えながらそう言ったエマ。上司からの指示に敬礼をした警察官は、本部への連絡の為にその場を後にした。
今は少しでも多くの人手がいる。ライフルや拳銃は勿論、ガトリングガンなんてものを乱射されようものなら、死人が出るのは必至だ。民間の騎士たる自分達の役割は、少しでも早く民間人の安全を確保する事だろう。
「……はぁ~、次から次へと……面倒な事だねぇ」
心の底からそうボヤいたエマは、溜息を吐きながら捜査に戻って行った。
🕊
地下通りという事もあってか、ドーセットストリートの道行きは太陽の光が届かない暗い散歩道となることが常であった——が、それはこのカジノ通りが造られた二〇年以上も前の話だ。
現在では、白熱電球の発明が実用化に耐え得るものとなった事もあり、ガス灯ではなく、電灯の明かりがこの地下世界の太陽を担っている。
その影響か、何処か趣深いガス灯の明かりに照らされた地上の道行きと違い、地下の風景は、強い光の頼もしさに裏打ちされた安心感と、時代の主役の移り変わりから産まれた寂しさが同居する、裏表のあるコインに似た空気感が満ちていた。
「リーダー、これからどうする?」
電灯の明かりにギラギラと照らされた石畳の一本道。
まだ昼の中頃を過ぎた時間だからであろう。建ち並んだカジノ店の中からはあまり夜ほど人の気配は感じられない。寂れた服に身を包んだ中年が、はした金の入ったズタ袋を手に、入るカジノ店を吟味している姿がそれなりに見られる程度である。
僅かな退廃を孕んだその光景に眼を遣りながら、ミーシャは並走する赤いベルモンドへと言葉を投げ掛けた。
「北側の旧工場跡地に向かう。ここを抜ければすぐだし……何よりも、あのゴチャゴチャした場所なら、逃亡ルートにはピッタリだ。流石の警察もブロンズチャペルには大掛かりな捜査網は敷いてないしな……他の地区から警察が集まって来る前に、あそこを経由して第二労働区のアジトへ向かう——で、どうだい……ハンスの旦那?」
「あぁ、それで構わん」
「お前らもそれでいいか?」
「文句は無いなッ!」「ん。ミーシャも同じく」
ドーセットストリートには、三日月のように湾曲した二キロメートル程の中央通りと、そこから枝分かれするように伸びた幾つもの裏通りで構成されている。基本的には一方通行であるこの中央通りを進めば、無事に地上へと出られるだろう。
あとはこのまま優雅なドライブタイム、と。
一息吐いたケインは、ハンドルを握る手の力を弱めた。
「……何だ?」
すると、カラコロと前方の石畳の道に何かが転がって来た。
白い紙か何かで包まれた石っころのような物である。クシャクシャになった紙には、読む事は出来ないものの何か文字のようなものが書かれており、その紙の隙間からは青みがかった黒い光沢が見え——。
「——ッッ!? 伏せろ!!」
それがルーン・カードに包まれた精霊資源であり、敵の攻撃であると気付いたケインは、咄嗟に叫んだ。
——ほぼ同時に、甲高い破裂音と視界いっぱいの閃光が弾けた。
『~~~っ!?』
精霊資源を利用した閃光弾である。これと同じ音を【PEOPLE OF THE ABYSS】で聞いた。という事は恐らく、これを使ったのは——。
事前にこの攻撃を知っていたが故に、何とか目と耳を覆った【UNSAME】の三人。ハンスと巻き込まれた民間人は、やはり反応できずにパニックに陥っている。
「クソっ……何が起きた!? ケイン!?」
ハンスがそう叫んだ。「……敵さ」と、ケインは短く返答し眼前を見据える。
次の瞬間——前方のカジノ店の壁を突き破り、飛び出して来た緑色のレイスタン・ベルモンドが一台。
四輪をドリフトさせながら、荒っぽい運転でこちらに突っ込んで来た。
「……ったくっ、つくづく壁を壊すのが好きみたいだなぁっ? オッサン!」
「……テメェらと一緒だよ! オレ達の趣味だ!」
悪態の応酬と共に、双方の冒険者ギルドの代表たちが視線を交錯させた。
彼らの好戦的な物言いに倣い、ミーシャは二丁拳銃を構え、ルースとキキの二人はリボルバーを構える。
彼我の距離は叫び声が届く五メートル。
このまま行けば激突する——が、そんな事などお構いなしに、アスマはトルクの回転率を最大にする。気兼ねなしのマックススピードで突撃した。
「「ちぃっ!」」と、二台の車両の運転手であるジャンとケインが舌打ちをする。二人は咄嗟に左右へと急ハンドルを切って、質の悪い突撃運転を回避した。
——そして、三台の車両の一瞬のすれ違い。三人のガンマンの銃口が交錯する。
「さっきぶりねっ、チビ……!」
「しつこい……!」
「いい誉め言葉っスね……!」
四丁のリボルバーから激しいマズルフラッシュが激発した。
互いを狙った必殺の早撃ちである。しかし、双方をそれを理解していたが故であろう。寸でのところで躱され、互いの身体を掠めた銃弾が車体の一部に当たり火花を散らせた。
「……クソっ、外した……! 二対一でようやく互角っスよ……!」
「悔しいけど、銃じゃあのチビの方が一枚上手ね……っ!」
「……しゃァねェっ、切り替えてけっ! ここからは銃撃戦になる! オレは銃は空っきしだ! テメェらが勝てねェとジリ貧だぞ……!」
「分かってるわよ……!」「任しといて下さいよっ、マスター!」
アスマはハンドルコックを少し締め速度を落とす。そのまま四輪へブレーキを掛けながらドリフトをすると、そのまま一八〇度の方向転換を行い、車の向きをハンス達の車両へと向け直す。
再びトルクを全開にし急発進させると、すぐに
「ジャン、ミーシャ! 死んでないだろうなっ?」
「当たり前だッ!」
「あんなのに負けるわけない……っ!」
その車線の先で、ケインは仲間の安否を確認する——が、無用な心配であったらしい。『あんなクソガキに追い詰められたと思われること自体が心外だ!』とでも言いたげに、少し苛立った様子でジャンとミーシャは叫んだ。
「ハハっ、OK!」と、ケインは頼もしい仲間達へ命令を出す。
「——なら早速ギルマス命令だ……っ、スカした三流冒険者共に教えてやれ……っ!
「「了解!」」と、快活に返事をしたジャンとミーシャ。
ジャンがハンドルコックのレバーをぐるりと回してスピードを落とすと、黒い車両がアスマ達の車両へと寄って行く。すぐに複数の銃撃音が鳴り響き、車上でのガンマン対決が始まりを告げた。
「——うぅ……っ、ケイン……! 状況はどうなっているっ?」
先程の閃光弾で狂った見当識がようやく戻って来たのか、瞳孔の焦点が合い始めたハンスが、ケインにそう尋ねる。彼は依頼主へといつもの人を食ったような調子で答えた。
「なかなか早いお目覚めだな、ハンスの旦那? 安心してくれよ。さっきの奴らが追って来ただけさ」
「……っ! そうかっ、クソっ……しつこい奴らめ……っ」
「ハハっ、しょうがないさ。冒険者は皆そんなものだ。——それより、しっかり掴まって歯を食い縛っておいてくれ……じゃないと今度は舌を噛むことになるぜ?」
「……?」
ケインの言葉に眉根を寄せたハンスの瞳に、電灯のものとは違う温かな光が映る。太陽の光である。その陽光に導かれるように向けた視線の先は、ドーセットストリートの終わり——つまり、地上への出口だった。
「さぁ、久々の地上だ! 張り切って行こうぜ!」
ケインが蒸気自動車のハンドルコックを最大にする。
タコメーターが八〇キロに近い指針を示した瞬間、彼らは地上へと飛び出した。
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