第15話‐DANGEROUS SPEEED③・前編
※今回は一話で掲載すると少し長すぎるので、前後編にします。
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イーストエンドの北部には、かつて工場地帯として栄えた跡地がある。
この工場地帯では、ほんの数十年前まで都市外からアイシス川を通じて運ばれて来る綿や
が——現在では、その多くの工場が廃棄され、廃墟化した工場が建ち並んでいる。人影もほぼ存在せず、鉄や錫などの廃材を収拾し再利用する仕事に精を出す貧民たちが、チラホラと見える程度である。
「……おい、何か車の音しないか?」
「こんな場所にか? ロクな道路も無いのにそんなの走ってるわけないだろ。いいからとっとと仕事を終わらせようぜ」
そんな廃墟の一つ。一際広い織物工場の一角で二人の男が話していた。
どこからか聞こえる蒸気機関の汽笛音と、車輪の駆動音。一人の男が仲間に問いかけるも、返ってきたのは『どうでもいい。そんな事より仕事をしろ』とばかりにガラクタを漁り続ける仲間のつれない態度だった。
「いやっ、やっぱ音するって……っ! 近付いてきてないかっ?」
が、やはり耳朶を震わせる音に不安を抑えきれなかったのか、ガラクタ漁りの手を止めたまま男は、焦ってその場をキョロキョロと見回し始めた。
「しつこいぞ、お前っ。そんな音、どこから、も……?」
焦り始めた男と同じく、仲間も同じ音を聞いたのだろう。
ひときわ大きくなった車の走行音に気付いたのか、表情が一変する。その音の発生源を探って、彼らが勢い良く後ろを振り向いたと同時。
——
「何だ、何だっ、何だぁ~~!!?」
「ひぃぃぃぃ~~~!」
悲鳴を上げながらその場に伏せた二人の男達。ほんの数メートルの後ろから飛び出して来た三台のレイスタン・ベルモンドは、男達のすぐ横を六〇キロを超えるようなスピードで駆け抜けて行く。
逃げる赤い車と、距離を開けてそれを追う緑色の車、そのすぐ後ろから銃撃を行う黒い車の順で、廃墟内を爆走して行く三台の車両。そのまま古い織物機を吹っ飛ばしながら進んで行くと、再び壁を破壊して外へと消えて行った。
「……な、何だったんだ……今の?」
「さ、さぁ……?」
🕊
曲がりくねった砂利道を、三台のベルモンドが走り抜けて行く。右に左に急ハンドルを切って、車体の負担などお構いなしに進む車列。ときにボロボロの壁を突き破り、周囲にある物という物をなぎ倒しながら進む姿は、ほぼ暴走に近い。
その車上——黒いベルモンドと緑のベルモンドの間で行われているその銃撃戦は、目を見張る程に苛烈を極めている。
後ろからミーシャが緑のベルモンドのパンクを狙えば、飛んで来た銃弾を、キキが銃弾で撃ち落とす。お返しとばかりに、ルースがジャンの脳天へと銃撃を行うも、当たり前のように銃弾をキャッチしたジャンが、それを投げ捨てた。
互いの搭乗者たちにとってはストレスなのか、その表情は険しい。
「曲がるぞっ、オマエら! 振り落とされんなよ!」
アスマが叫ぶ。大通りを走っていた前方の赤いベルモンドが、狭い
その背中を追うように、ハンドルコックを少し締めながらブレーキペダルを強く踏み込む。アスマが左に急ハンドルを切ると、見事なドリフトをした四輪が地面に綺麗なタイヤ跡を描いて行く。
車体が完全に小路に曲がり切ったことを確認したアスマは、再びハンドルコックを全開へ。マックススピードで前進する。
アスマ達が入った小路は緩やかなカーブを描いた直線の道だった。二台くらいの車両ならギリギリ通れるような道幅へ入ると、すぐに後ろから銃撃の音が聞こえて来る。
一度だけ振り向いたアスマの目には、尚もしつこく追って来る黒い車両があった。
「ちィ、しつっけェなァ! どこまでついてくる気だァ、後ろの奴らは!?」
「このままじゃハンスに逃げられますっ! どうするんスか、マスターっ?」
「あァ、分かってる! いま考えてる!」
三人が置かれた状況はあまりかんばしくなった。
ハンス達の乗った赤い車から十メートル近い距離。徐々ではあるものの、少しづつ距離が離れてきている。それもこれも、三メートル程の距離を挟んで後ろから銃撃を行ってくるミーシャの妨害のせいである。
現在は、キキとルースの二人掛かりでようやく撃ち合えている状況だ。やはり年季の差があるのだろう。純粋な銃の腕前が、二人の若い冒険者を圧倒している。
勿論、それだけではない。
「……クソっ、また曲がりやがった……!」
悪態を吐いたアスマの前方では、工場と工場の隙間——今度はギリギリ一台の車体が通るくらいの狭い小路へと入って行った赤い車があった。
先程からこうして狭い小路を利用し、ハンス達はこの車両から徐々に距離を離しているのだ。おそらく旧工場跡地に来たのは、遮蔽物の多さを利用して追っ手を撒く為であろう。
悔しいが、状況はハンス達が優勢と言わざるを得ない。
「このままじゃジリ貧よ! 先に後ろの奴らから片付けないと……!」
「……クソったれ、めんどくせェがそれしかねェか! ルース! お前のルーン・カードでハンス達の車を追跡できるか?」
「もうやってます! アレを追えば見失う事はありません!」
そう言ってルースは上空を指を差す。その先にはいたのは、ルーン・カードに包まれたモリア蒼銀を中心に、鳥のような形を形成した青い燐光だった。
おそらくは、
気の利く部下の行動に、アスマはニヤリと笑った。
「……ハハっ、気が利くじゃねェかルース!」
「ここからどうするんですかっ? 生半可な手じゃアイツらどうにかなんて出来ないっスよっ!」
「決まってンだろっ?」
「——こうすンだよ!」と。アスマはハンス達が曲がった小路の少し手前で、思いっ切りブレーキペダルを踏みしめた。
マックススピードの状態からの急ブレーキ。慣性に従い車上から投げ飛ばされそうになったキキとルースが、「ちょっ!?」「うぉ!?」と、素っ頓狂な驚きの声を上げ座席にしがみ付く。
そして、それはすぐ後ろをついて来ていたジャン達も同様であった。
「……ジャン! ブレーキ!」と、ミーシャが叫ぶ。「……分かっているッ!」と、目を大きく見開いたジャンが壊れんばかりの力でブレーキペダルを踏みしめた。
しかし、前方車両との距離は僅か三メートル。車輪から不愉快な金属音が上がった黒いベルモンドは、タコメーターが二〇キロのスピードを示したまま、アスマ達の乗る緑のベルモンドに追突した。
「……ぐっ、クッソ……やりおったなぁッ、貴様らぁ……ッ!!」
「……ムチャクチャやる奴ら……!」
衝撃で身体をぶつけたジャンとミーシャが怒りを叫ぶ——
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