第11話‐名も無き端役の革命旗④

 「……ったく! 情緒の欠片もねェ奴らだ……!」


 取り付く島も無く放たれた銃弾は、突き出されたグラスを正確に撃ち抜いた。


 次いで我先にと放たれて来る銃弾に対し、アスマは反射的に身体を捻る。肩に提げた革製のケースを盾にしながら、その場にしゃがみ込んだ。


 対の瞬間、ゴォン、ゴォン——、と。


 ケースの中身・・に着弾したのだろう。鳴り響く重低の金属音が連続する。ものの数秒でボロボロになったケースがずり落ち、その中身が白日の元に晒された。


 ——剣、それも目を見張る程に巨大な剣だ。


 壊れたケースから現れたのは、奇妙な模様が浮かんだ幅広の大剣だった。


 「それがお前の仕事道具か。なるほど、通りで話が合う訳だ・・・・・・・・・……なおさら残念で仕方がないよ。お前とならいい同志になれただろうにな……」

 「しつけェよ! 一緒にすんじゃねェ! この犯罪者がァ!」


 余程にアスマの事を気に入ったのか、心底残念そうに言うハンス。


 アスマが罵声を浴びせるも、寂し気な溜息を一つ吐くだけである。まるで、これ以上の会話は無駄だとばかりに踵を返した彼は、三人の用心棒と共に奥の部屋へと歩き出す。


 「……っ! おいっ、待ちやがれ! こんだけ騒げば流石の警察でも動くぞ! 仲間が逮捕されてもいいのかよ!」

 「同志たちはみな同じ思いだ。大義の為なら身を投げ打つ覚悟がある——」


 ハンスはキャスケット帽を頭の上で持ち上げ、別れでも告げるようにそれを軽く振る。まるで『追って来れるものなら追って来てみろ』とでも言わんばかりに、彼らは店の奥へと消えて行った。


 「——我々は本気だ。あまり舐めない方がいい」


 バタンっ、と。扉が閉まる音が響くと同時に、銃撃の音が更に激しくなる。


 アスマは咄嗟に追いかけようとしたが、あちこちから飛んで来る銃弾がそれを許さない。


 「クソったれ……!」と。アスマは既に見えなくなった四つの背中に向けて、忌々し気に舌打ちをした。


 「「マスタぁぁぁぁぁ~~~~!!」」


 それとほぼ同時に、死ぬ寸前の蛙に似た叫び声がアスマを呼んだ。


 キキとルースである。


 自分と同じく革製のケースを肩から提げた二人は、必死の形相でこちらに向かって来ると、そのままアスマの近くにあるカジノテーブルをひっくり返し、簡易的なバリケードを作り出した。


 その後ろに緊急避難した彼らは、命からがらと言った様子で深呼吸をする。


 「よォ、ガキ共? 見た感じお使いは失敗か?」

 「……えぇ、そうよ! 見れば分かるでしょ!」

 「……マスター! 聞いてないっスよ! 冒険者の用心棒がいるだなんて!」

 「あァー、それはオレも予想外だった。まァ、気にすんな。同業同士でドンパチやるなんざ冒険者にとっちゃァ日常茶飯事だ」

 「何よそれ! ホンっト適当なマスターね! 危うく死に掛けたんだけど!?」

 「報酬の増額を要求します! 低賃金じゃ釣り合わないっスよ!?」

 「あァ~、うるせェうるせェ! 状況を見ろっ、状況をよォ!?」


 革製のケースから愛用のリボルビングライフルとサーベルを取り出しながらも、しっかりと抗議の声だけは上げるところを見るに、ケガらしいケガはしていないのだろう。


 相も変わらず緊張感の無い部下たちの物言いに安心した反面——、もう少しここが死地であるという自覚を持って欲しいアスマは、「……はぁ~」と溜息を一つ吐きながら、髪をガシガシと掻く。


 「そんだけ騒げりゃ心配はねェだろ。この後どうすりゃいいかは分かってんな?」

 「「……」」


 軽く無視され、そのまま話を進めようとしたことが不満だったのか、口元をへの字に曲げた二人は、不貞腐れたようにアスマの質問に答える。


 「「……こいつら全員蜂の巣にしてハンスを追う」」

 「よし、OKだ。三分以内で片付けたらオマエらの給料増額してやる……気合入れてけ?」

 「「っ!」」


 やはり人を動かすのは金銭欲である。金の話になった途端、ニヤリ、と。


 歓喜の色に虹彩を染めると、ルースはリボルバーを、キキはリボルビングライフルを構え直す。


 「三分以内だってよ、ルース? 勿論、余裕よね?」

 「当たり前じゃないですか? 一分でもいいっスよ」

 「OK! じゃあ、行くわよ!」


 キキの合図で、ルースが天井へ向けて革製のケースを放り投げた。


 一斉に釣られた銃口、瞬きの間だけ弾幕に隙が出来る。その一瞬を合間を縫うように、二人はカジノテーブルの左右から転がるようにして飛び出した。


 『……っっ~~~~!?』


 次の瞬間、支持者達の言葉にならない呻き声が響き渡る。


 ——何が起きた? と。驚きを与えたのは、まるで複数の銃撃が同時に放たれたような目にも止まらぬ早撃ちである。キキとルースによって、十人ほどの男達の手足が撃ち抜かれたのだ。


 「ただの曲芸だ! 相手が冒険者だからといって怖気ずくな! 奥から武器と弾薬を持って来い! 怯まず撃ち続けろ!」


 髭面の男——おそらくはシャーウッドの会の幹部格だろう——が、冷静に指示を出す。度肝を抜かれた支持者達も髭面の男の指示で冷静さを取り戻したのか、数人が武器庫の方へと走って行く。


 ——しかし、そうはさせまいと。先んじてルースが、次の行動を起こしていた。


 「ルース! 曲芸だけじゃないってとこ見せてやりなさい!」

 「了解!」


 アスマの大剣の後ろに身を隠していたキキが、後輩へ向けて発破をかける。


 快活に返事をしたルースは、リボルバーを懐へとしまい、代わりに腰のポーチから青みがかった小さな黒い石っころ——小さく砕かれた精霊資源モリア蒼銀と、円形のクリップで留められた小さな短冊の束を取り出した。


 ルーン文字で単語が書かれたその小さな短冊——所謂、ルーン・カードの束からから一枚を破り取ったルースは、そのルーン・カードごとモリア蒼銀の破片をグシャリと握り込み、そのまま店の中央へと投げた。


 その意味不明な行動の意味するところはたった一つ。


 ——精霊資源の使用である・・・・・・・・・・


 「っ! 伏せろぉぉぉぉぉ~~!」


 髭面の男が咄嗟に叫ぶ。しかし、気付くのが僅かに遅かった。


 ——『【ᚠᛚᚫᛋᚻᛒᚫᚾᚷ苦土よ、光り弾け散れ】』。


 ルーン・カードに書かれたその文字に従い、モリア蒼銀に内包された精霊が青い燐光を放ち出す。


 そして、次の瞬間——閃光が弾けた。


 耳を劈くような音の爆発と光の暴力が、支持者達の見当識を狂わせる。激しい目の眩みと耳鳴りで、半数以上の男達がその場でのたうち回った。


 「クっソ……閃光弾かっ……!」


 パニックに陥る仲間たちの惨状を見て髭面の男は悪態を吐いた。


 おそらくルースが行ったのは、ルーン文字を用いる事により、精霊資源などの内にあるマナを利用して超自然的現象を引き起こす、この世で最も浸透した神秘体系——『精霊使役フルサク』の応用による閃光弾であろう。


 多対一というこの状況においては、有効な手段である。


 ——やはり敵は冒険者。戦い慣れている。


 咄嗟に耳と目を覆った事が功を奏し、髭面の男は無事だったものの——、それ故に、自分達がいま置かれている現状の悲惨さを正確に認識できてしまった。


 時間にすればたった三〇秒足らず。


 たったそれだけの僅かな時間と攻防で、大半の仲間たちが無力化されてしまった。


 「よそ見すんなよ?」

 「——がァ……っ!!?」


 彼我の実力差を密かに痛感していると、その一瞬の意識の離脱を狙い澄ましたかのように、衝撃が全身を駆け抜けた。


 大剣を盾にしたまま突っ込んで来たアスマによる突進タックル、である。


 そして、ゴッ、ブォン——ッ! と。鈍い衝突音が響くと同時に振り抜かれた大剣によって、髭面の男は数メートルの距離を吹っ飛ばされてしまう。


 「か、は……!」と、そのまま建物の屋根を支える支柱の一本に叩きつけられた男は、肺から空気を吐き出されながら、その場に蹲った。ギリギリで意識の手綱を握り締めながら、何とか恨めしそうな視線をアスマへと向ける。


 ——が、追撃はそこで終わっていなかった。


 「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉ~~~……!?」


 先程まで数メートル先に居た筈のアスマが、いつの間にか自分の目の前にまで迫っていたのである。


 しかも、あろう事か——自分を支柱ごと・・・・・・・斬り潰そうと・・・・・・大剣を振り被っていた・・・・・・・・・・


 死——。瞬間的に過ったその言葉。


 彼の脳裏を走馬灯が駆け終わるよりも早く——ブォン! と。


 横薙ぎに振り抜かれた大剣が、髭面の男の断末魔ごと支柱を叩き斬った。当然、すぐに自重に負けた屋根の一部がガラガラと音を立てて崩壊し、上から降って来た瓦礫がアスマごと下敷きにする。


 「……おいおい、こんなに雑魚だと拍子抜けだぜ。わざわざガキ共にお使い任せる必要なかったな? よくこんな体たらくで革命なんて起こそうと思ったな、オマエら?」


 土埃が舞い、視界が悪くなった店内。銃撃の止んだ為か、その言葉は一際響いた。


 「……見ろ。たった数秒でこの有様だ。オマエらがやってるラダイト運動と同じだ。どうせ勝ち目のない戦いなんだよ。どんだけオマエらが喚き散らそうが、時間は戻らねェ。時代がそれを選んだんなら、それに従う方が利口ってもんじゃねェのか?」


 数秒ほどの時間が経ち土埃が晴れて行くと、上から降って来た瓦礫の塊を受け止めていたアスマの姿と、そのすぐ下でブルブル震えながら蹲る髭面の男の姿が露わになった。


 情けをかけたつもりか、それともそれ以外か——。


 どうやらアスマが斬ったのは支柱だけであったらしい。


 アスマが瓦礫をそこらへ投げ捨てると、瓦礫の影になって見えなかった髭面の男の表情が鮮明になった。


 「黙れ……!」


 惨めと怯えの感情が入り交じったような、情けない表情だった。


 歯をギリリと食い縛りながら、何とか折れた支柱に寄り掛かった彼は、憐れむような眼で自分を見下ろして来るアスマを、真っ直ぐと睨み返す。

 

 「利口に生きられるならとっくにそうしてる……っ! お前だって分かるだろうっ、冒険者……!? 学も無い、金も無い、能力も無い……そんな何もない人間は、自分を変える事なんて出来ない……! 世界の方を変えるしか無いんだ……!」


 まるで己に言い聞かせているかのような言葉の羅列が店内に響き渡る。


 絞り出したにしては自棄やけに芯のある声音は、きっと支持者達には真っ直ぐと刺さったのだろう。髭面の男が吐き出した祈りにも似た訴えに呼応し、まだ戦う事の出来る十数人が、ピストルを握る手に再び力をこめ始める。


 「道具は魂だっ、職人にとっては己の分身だっ……! それしか取り柄の無い俺達にとっては、社会と繋がる為の唯一の手段なんだっ……! ——あぁ・・そうだ・・・……未だにそんなバカ・・・・・・・・みたいな剣を・・・・・・使っているお前と・・・・・・・・同じだよっ・・・・・、時代遅れの同類ロートルめ……!」

 「……」


 ——そう、確かに。誰しもがそうだ。


 長い年月をかけて、ただうずたかく積み上げて来た何かがある。例外はない。


 思想、技術、肩書、道具、関係——そして、自己エゴ。それがどんなものにせよ、何であるにせよ、己が最も拠り所としていた何かを奪われた人間の心の反動は、いつもいつも、ただ機械的に反発するのみだろう。


 その言葉だけは、共感できる・・・・・


 「……マスター?」


 店内に一瞬だけ漂ったどこか重たい空気感を察し、ルースがアスマを呼んだ。


 キキも同じ思いだったのか、少しだけ不安な表情でアスマの背中を見る。


 そして、「ハハっ……」と。


 「オイオイ、言っただろ? 一緒にすんな・・・・・・ってよ?」


 少し後ろを振り返って、何時と変わらない朗らかな表情で部下二人に笑いかけたアスマ。まるで安心しろとでも言いたげなその表情を見て、キキとルースはホッと一息を吐く。


 二人が安心したのを確認したアスマは、すぐに短髪の男へと向き直った。


 「言いたい事はそれだけか? なら、とっとと続きを始めようぜ……この後、オマエらのボスからブツを取り返さなきゃならねェんでな?」

 「……卑怯者コウモリめ。ネズミよりもタチが悪い」


 挑発的に笑って、アスマは大剣を構え直した。


 彼のその行動をキッカケにして、再び店内の空気が緊張感で張り詰めて行く。


 その後、数回の呼吸の間を置いて——。


 戦いの再開を告げるように、髭面の男が引金を引いた。

______________________________________

※作中内の、ルーン文字とアルファベットの対応表です。

<a:ᚫ> <b:ᛒ> <c:ᚳ> <d:ᛞ> <e:ᛖ> <f:ᚠ> <g:ᚷ>

<h:ᚻ> <i:ᛁ> <j:ᛃ> <k:ᚴ> <l:ᛚ> <m:ᛘ> <n:ᚾ>

<o:ᛟ> <p:ᛈ> <q:ᛩ> <r:ᚱ> <s:ᛋ> <t:ᛏ> <u:ᚢ>

<v:ᚣ> <w:ᚹ> <x:ᛪ> <y:ᛨ> <z:ᛎ>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る