第10話‐名も無き端役の革命旗③

 一方、アスマが小粋なトークで時間を稼いでいる頃。


 路地裏から見える窓から店内へと侵入したキキの現在地は、店内の奥——『シャーウッドの会』の武器庫内である。先に潜入していたルースと合流した彼女は、その物々しい光景に目をパチクリとしていた。


 真新しい木箱の中に拳銃や小銃、それぞれの口径に合わせた弾薬に加え——、何と驚くべき事に機関銃ガトリングガンまで置いてある。一般に流通していないような兵器まで所持している彼らの本気度に、正直言ってドン引きだ。


 彼らにとって機械打ち壊し運動というのは、きっとそれだけの覚悟の上に行われている労働運動なのだろう。勿論、共感など出来ないが。


 「……武器だらけね。アイツら戦争にでも行くの……?」

 「ある意味、戦争なんじゃないスか? シャーウッドの会にとっては」


 軽い冗談を口にしながら銃や弾薬を物色し始めるルース。愛用のリボルバーと同じ口径の弾薬でもあったのか、さり気なく弾薬を懐に収めている。


 キキもそれに倣い、愛用の銃と同じ口径の弾薬を拝借した。


 「それで、どうします? マスターは『奥の武器庫にある銃を無力化して来い』って言ってましたけど、銃を無力化とかどうすんスか……? まさかこれ全部解体しろって事スかね……?」

 「……そんな事やってたら日を跨ぐことになっちゃうわよ」


 キキ達が現在ここにいる理由は、アスマの指示である。


 『オレが時間を稼ぐから、オマエらはシャーウッドの会が持ってる武器をどうにかして来い。襲撃の時の有利になる。方法は任せる』——と。


 相も変わらずほぼ考え無しの向こう見ずな作戦に呆れるが、ある意味冒険者らしいと言えば冒険者らしい。限られた時間で銃の解体は不可能だが、使えなくするだけなら他にも方法はある。


 「頭使いなさい? 銃じゃなくて、弾薬の方を使えなくしちゃえばいいのよ」

 「水にでも沈めとくんですか? 中の火薬を湿らせるみたいな感じで?」

 「……金属薬莢だと厳しいわね。蓋した鍋で、まとめて炒って暴発させちゃうのが一番早いと思うんだけど……そんなの無いしな~。やっぱり、この部屋ごと燃やしちゃうのがベストかしら?」

 「え」

 「暴発するまでにちょっと時間かかるけど、部屋に入れなければどのみち武器も弾薬も取れないから同じことでしょ?」

 「……」

 「……何よ、その顔は? 文句あるの?」


 何か言いたい事でもあるのか、口元をへの字に曲げて沈黙した後輩へ向けて、責めるように視線を向ける。おおかた過激なやり方に鼻白んだのだろうが、我ながらベストな作戦である事に変わりはない。


 「……いや、何もないっス」と。


 逃げるように再び弾薬を物色し始めたルースへ向けて「ふんっ、分かればいいのよ、分かれば」と鼻を鳴らし、勝ち誇るように笑みを浮かべたキキ。人差し指の先に魔力を集中させ、マッチのように火を灯した。


 「ルース、ここら辺に弾薬の木箱を集めてちょうだい。あ、あと薪になるような木材も一緒に敷き詰めといて」

 「了解でーす」

 「——ここら辺でいいのかい、嬢ちゃん?」

 「OK。あと度数高めのお酒とか無い? 油とかの代わりになりそうなの」

 「——ガソリンならあるよ」

 「いやいや~、ガソリンは駄目っスよ~。こっちまで燃えちゃいますって? いくら向こう見ずな冒険者って言っても、自分が蒔いた火種で死んでちゃ笑えないですよ~、ハハハ!」

 「——フハハッ、全くだなッ! 冒険者とはいえ、流石にやっていい事と悪い事はあるものだッ! 例えば放火がそれに当たるだろうッ!」

 「……」

 「……」


 そんな時であった。あれ、何か声の人数多くない? と。


 あまりにもナチュラルに会話に混ざって来たものだから、そのまま会話を続けてしまった二人だったが、流石に気付くというものである。


 放火作業の手を止めた彼らは、ゆっくりと後ろを振り返った。


 「……あ、あぁ~……こ、これは……ね?」

 「……えぇとぉ~……ですねぇ~……?」


 そこにいた三人の人物を見て、キキとルースはダラダラと冷や汗を流した。


 「不法侵入に放火未遂、ついでとばかりに弾薬の窃盗か……ハっハっハっ! 最近のガキ共はいい度胸をしてやがるな~? 一度に前科三犯かっ、大した悪党共だ!」


 軽い口調で話し掛けて来たのは、亜麻色の天然パーマが特徴的な人間種の男だった。複数の拳銃とナイフで武装された彼の奇抜な格好をしており、一目で堅気の人間では無い事が伺える。


 そんな彼と同様に、只者ではない空気感を漂わせる人物が二人。男の両脇に立って、銃口をこちらに向けて来る亜人種たちである。


 右隣には七〇口径はあろうかというソードオフ・ライフルを肩に担いだ淆原種ベオルヘジンの大男。その反対側に、口元までをスカーフで覆った小人種コロロプスの女性が立っている。


 笑顔でそれぞれの銃を構え、銃口をこちらに向けて来る彼らを見て確信する。


 間違いない……コイツら敵だ、と。


 「——で、お前ら誰よ?」


 絶体絶命、窮途末路きゅうとまつろ


 しかし、危機一髪とも万死一生ともならぬのが世の無常であろう。


 笑顔で問うて来る亜麻色髪の男の言葉に、キキとルースは涙目で降参のポーズ。ひしひしと圧しかかる死の予感に打ち震えながら、ただただ命乞いをするしかなかった。


 「「……冒険者です。まだ燃やしてないので許して下さい」」


🕊


 「ハハハハハハっ、何だ話の分かる奴じゃないか! いやいや勘違いして悪かったな? お前はいい奴だよ、アスマ! 新たな同胞に、乾杯!」

 「ハハハ……か、乾杯……ありがとよォー、ハンス……」


 アスマが小粋なトークで時間を稼ぐこと三〇分ほど経った頃。


 思った以上に思想や価値観が近かったのだろう。いつの間にかシャーウッドの会のメンバーに所属させられていたアスマは、流されるがままにグラスを酌み交わしていた。


 「どうしたアスマ、浮かない顔をして? 俺たちの仲だ。気にせず話してみろ? お前、冒険者も兼業してるとか言ってたしな……おおかた警察への愚痴か何かだろう?」

 「あ、あァ……そうだな。最近、警察の制服見ると、無性にムカムカしちまってよォ……制服だけじゃなくて、警棒とか甲冑とか鷲獅子とか、あとはもう警察って単語そのものを聞くだけで、自分でもビックリするくらいイライラしちまうんだよ……病気かなァ、これ……」

 「安心しろ! 俺たちもネジやら歯車を見るだけ発狂したくなる。だから何も気にする事はない! それと同じさ!」

 「……同じなのかよ。やっぱ病気だろ、それ……」


 何も安心できねェんだけど、と。アスマは内心の本音を呑み込んだ。


 現役のテロリストと限りなく同じ精神性メンタリティを持っている事実に、密かに絶望する。ルースには『最悪の世代』と評されたが、このままでは本当に否定できなくなってしまう。


 (……ったく何してんだよっ、アイツらァ~!? 早く来いよォ~!)


 焦りのあまり急激に乾いた喉の奥がネバついてくる。気持ちの悪い生唾をゴクリと呑み込んだアスマは、苦笑いと愛想笑いが入り交じったような微妙な表情で、グラスを呷った。


 これ以上の時間稼ぎは我慢の限界、と。アスマが肩に提げた革製のケースの中身に手を掛けようとした——正に、その瞬間だった。


 「「——ぐぇぇぇっ!?」」


 聞き覚えのある素っ頓狂な悲鳴だった。


 突然、奥へと繋がる扉が開け放たれ、何者かが吹き飛ばされて来る。


 「ごめんマスタ~……」

 「ミスりました~……」

 「……」


 ズザザザ~! と、涙目になりながらその場に蹲ったその何者か——キキとルースの二人は、アスマの姿を確認するや否や謝罪を口にする。


 彼らの姿を確認したアスマは、思わず「あちゃァ~……」、と。


 部下のやらかしに落胆した彼は自らの顔を手で覆う。二人を吹き飛ばしたであろう三つの人影——並々ならぬ威圧感を纏って出て来た彼らを見て、すぐにハンス達の用心棒か何かである事を察した。


 「ハンスの旦那。このガキ共、奥の武器庫ごとこの店燃やそうとしてたぜ? 多分、アレを取り返す為に雇われた俺らの同業・・・・・だ。……見た感じ、そこのオッサンも・・・・・・・・グルってとこか・・・・・・・?」

 「っ! ……そうか。それは残念だ」


 亜麻色髪の男がそう言うと、ハンスは先程までの親し気な空気感を一変させた。彼はアスマを一睨みすると、静かにカウンター席を立ち用心棒たちの元へと歩いて行く。


 「……残念だよ。これほど気の合う奴も珍しいんだがな」と、心底残念そうに心境を吐露すると、ハンスは懐からピストルを取り出す。まるでそれが合図であったかのように、店の中に居る男たち全員が銃を握り始めた。


 「どうだアスマ? 最後のチャンスをやろう。今からでも俺たちの仲間にならないか? お前には素質がある」

 「犯罪者のか? ……冗談だろ。確かに、オマエの事は嫌いじゃァねェが……わりィな? こっちも警察からの依頼でね・・・・・・・・・——ハンス・シュミット……アンタには聖骸の在り処を吐いて貰う」

 「……、……ハっ。宿敵に尻尾を振ったか。お前たちはもう鳩ですらない。ただの薄汚いドブネズミだ」


 『警察からの依頼』——その単語に不快感を示したハンスは、軽蔑の視線と共にピストルの銃口をアスマへと向ける。チャカ、と。撃鉄を下ろした音が響いた瞬間、店内のそこらかしこから同じ音が響き渡った。


 あとは誰かがキッカケを与えてやるだけで、店内にいる男達の手にあるピストルの全てから、轟々と銃弾が放たれる事に間違いはない。


 「ハハハ……ドブネズミか。いい表現だ。詩人の才能があるぜ、アンタは。その才能の使いどころを間違えてるのが、残念にならないね……オレは」


 だが、それを十二分に理解した上で——ニヤリ、と。


 挑発的に笑ったアスマは、飲みかけのグラスをハンスの方へ突き出した。


 「——なァ、ハンス? おっ始める前にどうだ、乾杯の一つでも?」

 「——残念だがネズミと乾杯は出来ないな。ペストになってしまいそうだ」


 次の瞬間、当然ハンスから返って来たのは、つれないNOと一発の銃弾である。


 開戦の火蓋を撃って落とした彼の銃撃を続くように、【RASCAL HAUNT】の三人へ無数の銃弾が襲い掛かった。

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