第8話‐名も無き端役の革命旗①

 エマからの依頼のその翌日、時刻は日の光が中天に差し掛かる時頃である。


 彼らの声が響いていたのは、ゴルドリック=ハーデン第二労働区——建ち並ぶ工場から、青みがかった排気蒸気がモクモクと上がる工業地帯の大通りである。


 無秩序な隊列を成し行進する人の群れが、石畳の道を腹立たし気に歩いていた。


 何らかの祭典にしては、街の飾りも、少し値の張る露店商も見られず——、何よりも、行進に参加する人々の表情に笑顔が無いのが不可思議である。


 しかし、それもその筈。


 大半の者が掲げている『我々は奴隷ではない/We should be more free』や、『工場法はまだ完璧ではない/We want better labor』などと書かれたプラカードや旗が示す通り、これは祭典ではなく、不当な労働環境に対してのデモ行進である。


 「何故、民間の騎士たる警察は我々の前に立ちはだかるのか! 秩序と安寧の守り手たるお前たちの敵は、我々のような弱者から搾取する金の亡者共の筈だろう!」

 「そうだっ! お前たちも言うべきだっ! 労働時間を減らせと! 労働者は不当に働かされ過ぎている! ブルジョワは最低限の自由すらも我々から奪っているのだ! 警察は悪の味方をするべきではない!」

 「週五十六時間労働を実現させろ! ブルジョワ共を甘やかすな! 工場法はもっと労働者に寄り添うべきだ!」


 歳若い者が主導して行われているそのデモ行進は非常にパワフルなのだろう。


 中には暴徒と化したデモ行進の参加者たちによる破壊活動も行われており、彼らによって破壊された家屋や看板などの破片が道のあちこちに散乱している。


 「武器を捨てろ! 団結法は決して破壊活動を容認する法ではないぞ!」


 警察も成す術が無いのか、いくら民間の騎士たる彼らであっても、敵が守るべき市民とあらばお手上げである。ただただ義憤に染まったデモ行進の参加者たちの目の前に立ち、義務的な言葉を叫ぶ事しかできないようだ。


 「うっははははは……っ! 今日もやってンなァ、オイ! ひでェ有様だ、ありゃァよォ~? 見ろ、警察の醜態を……ザマァねェぜ!」

 「……いや、何で嬉しそうなんですかマスター」

 「……趣味悪いわよ」


 その光景を見て、アスマはゲラゲラと笑っていた。


 部下であるキキとルースのドン引きする声が聞こえるが、面白いものは面白のだから仕方がないというものである。他者の不幸は蜜の味、その他者が仇敵とあらば、蜜の甘さは天にも昇るというものだ。


 「しゃァねェだろ? もう五時間以上も船に揺られてンだ……暇の一つでも潰したくなるさ。それに……バカ騒ぎで盛り上がっちまうのは、向こう見ずな冒険者のさがってもンだろ?」


 リベルタスには、広い都市内を移動する為に様々な交通機関が設けられている。


 都市中へ蜘蛛の巣のように張り巡らされた人口の運河——古来より原住民たちの手によって開拓されてきたコッツウォルド川には、現在では、その交通手段の一つである外輪蒸気船パドルスチーマーが、定期便として運航されている。


 アスマ達一行がいるのは、そんな定期便の内の一つ。


 リベルタスを流れる水路の中では最大の川幅を誇る四十四番水路——通称アイシス川を進む、船舶内の客席である。その窓から見えるデモ行進を、アスマ達は話の肴にしていたのだ。


 「……盛り上がるバカ騒ぎが不謹慎過ぎるんスよ。もうちょい明るい話題にしてくれません? なんか俺たちまでマスターの同類みたいな気がしてきます」

 「……そうそう。仮にも人助けを生業にしてる仕事に就いてるんだから、もうちょっと厳格な態度を見せて欲しいところね?」

 「真面目だなァ、オマエらは? いい子ちゃンは結構だが、上手いガス抜きの仕方の一つも知らねェと、どっかで爆発しちまうぜ。あそこでバカ騒ぎしてる連中みてェにな?」

 「「……」」


 露悪的な口調で語られたアスマの屁理屈。その子供染みた上司の態度を呆れたような表情で見て来る二人。無言で厳粛さを求めて来る部下たちの視線を、アスマはどこ吹く風と、肩を竦めて受け流した。


 何を言っても無駄だと理解したのか、「はぁ~」と溜息を吐いたキキが口を開く。


 「……マスターの年代の冒険者が、何でそこまで警察を嫌うのかホントに不思議だわ。私たちもそんなに好きじゃないけど、ちょっと異常じゃない?」

 「オマエらも知ってんだろ? 昔は治安の維持なりギャングやマフィアを懲らしめるなりが仕事だったンだよ。『民間の騎士』とか呼ばれてたなァ、オレらの頃は。……まァ、それも警察のブタ野郎共が出て来る数年の間だけだったけどな……」

 「もしかして……その時の逆恨みで警察嫌ってるの? マスター達世代の冒険者って……?」

 「まァ、そういう事になるな。オレらから仕事と居場所を奪った連中を好きになる訳がねェだろ?」

 「……マジですか、マスター……最悪の世代じゃないですか」

 「オイ、止めろその言い方。言っとくけど、オレらの世代は文句は言うが、警察の登場には納得してる奴が多いし、警察の仕事ぶりを賞賛してる奴が多い」


 「実際、冒険者だけじゃァ色々限界はあったしなァ……」と、言葉を続ける。


 「勘違いすんなよ? オレらはちゃんと警察の存在を認めてる。……ただ警察の事がメチャクチャ嫌いで、顔も見たくねェし、話もしたくねェし、同じ空気も吸いたくねェし、もし許されるなら、警察をブっ潰してやりてェってだけだ」

 「……いや、やっぱり危ない奴じゃないですか!」

 「……全然安心できないんだけど。身内から犯罪者出すとかホント勘弁してよね……って言うか、そんなに嫌いなら何で警察からの依頼なんて受けたのよ?」

 「いや、それはオマエら……アレだよ、アレ……それはそれ、これはこれってヤツだ。依頼人に貴賤はねェ。警察が嫌いだからなンてフザけた理由で目の前の大金をドブに捨てる程、オレも馬鹿じゃねェって事だ」

 「「……」」

 「……ンだよ、その顔は? 何が言いたい?」


 まるで、『都合が良い奴だな、こいつ』とでも言いたげな表情だ。ジトりと半眼を作って見て来る部下二人の反応に、額に青筋を浮かべる。


 「……ったく。どうにもオマエらは、オレの事を下に見てる時があるけどよォー……少ねェとはいえ、定期的に冒険者としての仕事がある冒険者ギルドなんて、今時珍しいンだからな? もちっと感謝しろよな……オレが仕事取って来てやってっから、食いっぱぐれずに済ンでンだからよォ?」

 「……まぁ、それに関しては感謝してますけど~」

 「……なんか改まって言われるとムカつくのよねぇ~」

 「何だオマエら! やっぱオレのこと舐め腐ってンだろ!」


 アスマが額に青筋を浮かべて怒鳴るも、部下二人は少し不貞腐れたように、つーん、と。唇を尖らせてそっぽを向いた。


 たしかに冒険者は昔から上下関係を気にするような繊細な感性など持ち合わせていないが、最低限の礼儀くらいは弁えていたものである。大体最近の若い冒険者は、年上への敬意というものが足りないし、銃なんてものを使って——。


 「——あ、マスター。着いたみたいですよ?」


 と、脳裏を過った思考を遮るように、ルースが指を差した。


 吹き抜けになった窓の向こう側に見えたのは、薄汚い倉庫や、ボロボロのロープ宿や棺桶宿、錆と風化による浸食が進んだ湾岸施設ドッグランズが多く建ち並ぶ不気味な街である。


 ——退廃の地、イーストエンド・オブ・リベルタス。


 通称、イーストエンド地区。


  十一の地区から成るリベルタス市の内、その番外に属する・・・・・・最東端の外周区である。都市に住まう最底辺の貧困者プアー達が最後に辿り着く奈落の底であり、人々に見捨てられた最悪の貧民区だ。


 ルースが指差したのは、その退廃の地に残された唯一の街である。


 「……相変わらずひでェ街だな」

 「……これで行政の手が入ってるって言うんだから驚きよね」


 街の名は『ブロンズチャペルタウン』。どん底の人々が住まうスラム街。


 現在では職を失った元・工場労働者達や居場所のない移民などが、この湾岸街に豊富に存在する低賃金労働者向けの仕事を求めて、日夜を問わず幽霊のようにさ迷っている。


 ——そして、今日の標的であるハンス・シュミット率いる『シャーウッドの会』のアジトがある場所だ。


 「よし……それじゃァ、楽しいお喋りの時間は終わりだ、ガキ共」


 目的地の到着を告げる汽笛の音が鳴り響く。


 逸る気持ちがそうさせたのか、キキとルースは既に、船が停留場につくのを待たずして立ち上がっていた。きっと、久々の大仕事で気が昂っているのだろう。


 「——気ィ抜くんじゃねェぞ?」


 仕方ない奴らだと、少し呆れ交じりに笑みを浮かべたアスマの言葉に、「了解です」「OK」と、二人は好戦的に笑った。

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