第7話‐依頼と現実④・後編

 「え……っ」


 明かされた事実が衝撃だったのか、驚きで眼を丸くしたキキ。ダラダラと冷や汗を流しながら、申し訳なさそうに視線を泳がせ始めた。


 「……そ、そういうのって本当にあるのね……酒の席だけの冗談くらいに思ってたわ……。そのぉー……なんか、ごめん……ルース。言い辛いコト聞いちゃって……」

 「……そんなに気遣うなら、最初から聞かないで下さいよ。まぁ、キキさんの性格は知ってるんで別にいいですけど」


 あ、あはははは……、と。気まずそうに愛想笑いを浮かべるキキ。少し大げさ過ぎる反応だが、彼女がこんな反応を示すのも当然である。


 ——冒険者ギルドを追放された冒険者の最期は、大概が悲惨だ。


 脛に傷を持つ者が多い冒険者は、まずまともな職につける事が少ない。自らの略歴に恥じる事の無い冒険者であっても、社会からアングラなイメージを持たれている冒険者は、どこにも雇って貰えないのである。


 よほど良い出会いがあって再就職が叶ったか、若しくは自ら事業を起こす位しか、冒険者が冒険者を辞める道は無い。


 キキもそれを知っていたのだろう。


 「……あー、で、でもアレよね……追放なんてよくある話だし、寧ろよくあり過ぎて酒の席でジョークに使われる位だし……そんなに気にする事ないって言うか……そのぉー……!」

 「……」


 後輩の暗い過去を知ってしまった彼女は、重たい空気に耐え切れず、慣れないフォローに必死になっている。その姿を見たルースは、少し呆れて後ろ頭をガシガシと掻いた。


 「……あー、別にいいっスよ、あんま気遣んなくて。俺、多分キキさんが思っている以上に、キキさんの事はいい人だと思ってるんで」

 「……え、何よいきなり?」


 彼女とは既に三年来の付き合いだ。


 それなりに見知った仲であり、その人となりが悪人でない事は知っている。


 こうして身の上話を打ち明ける位には、キキ・アグノーメンは信頼に足る人物である。それはルースの十八年という短い人生の中で、自信を持って言える数少ない事実の一つだ。


 デリカシーがない、もっと気遣え、と。この程度では、今さら彼女を責める理由にはならないのだ。


 「……いや、ほら? 俺がリベルタスに来て右も左も分からなかった頃に、キキさんが助けてくれたじゃないですか? 今だって、何やかんや冒険者として食っていけてるのは、キキさんが冒険者のアレコレとか、リベルタスでの生活をイロハを教えてくれたからですし」

 「……」

 「俺、あの日もしキキさんに出会ってなかったら、今頃イーストエンドで乞食やってましたよ~っ」


 「……アハハハ!」、と。内心の気恥ずかしさを誤魔化す為に冗談っぽくで言うも、ほんのりと熱い頬の感覚が、自らの心情が顔に出ている事を物語っている。


 「これでも結構感謝してるんですよ、俺。どの道いつかは話すつもりでしたし、気遣っていきなり距離取るとかは無しにして下さいよ?」

 「……、……そっか。思ったより信頼されてるのね」


 やはり内心を隠しきれていなかったのだろう。照れ臭くてそっぽを向いていたルースが、顔色を伺う為にキキの方を向くと、少し物珍しそうな目をしたキキがこちらをジッと見ていた。


 何か可笑しい事でもあったのか、「ふふっ……ちょっと意外かも」と、快活な笑みを浮かべたキキ。後輩からの感謝の言葉を満更でも無さそうな表情受け取ったキキを見て、ルースは咄嗟にそっぽを向いた。


 「……ま、まぁ、何て言うんですかねぇ~……! 別に復讐してやろうとかいうつもりは無いんですよ。両親……って言うか、父さんが追放された・・・・・・・・・理由・・はだいたい予想がつくんで」


 更に熱くなった頬の感覚。ルースは先程よりも強く表情に現れているであろう照れ臭さを隠すように、少し声のトーンを上げ話を続けた。


 「多分、母さんも追放された訳じゃなくて、仲間たちの視線に耐えられなくなった父さんに勝手についていっただけなんだと思います。両親達の口から仲間達への恨み節を聞いた事なんて一度もありませんでしたから」

 「ご両親から聞いてないの? その……追放された理由」

 「えぇ、聞いてないっス。聞き辛かったんで。でも……両親がギルドにいられなくなった事で……結果的に母さんは・・・・・・・・野垂れ死んで・・・・・・父さんは自殺しました・・・・・・・・・・

 「……え」


 「だから——」と、ルースは言葉を区切り、少し自嘲気味に笑みを浮かべた。


 「……両親の仲間達に対して、ほぼ逆恨みと変わらないわだかまりがあるんですよ。リベルタスに来たのは、両親の昔の仲間達を見つけ出して文句言ってやる為なんです。暗い理由なんスけど……ハハハ」

 「……あ、うん……」

 「あとはアレっスね……何時か見つけ出したら、両親の墓の前でちゃんと祈ってあげて欲しいんですよ。『どうか安らかに』って。じゃないと、父さんも母さんも浮かばれないスから……」

 「……へ、へぇー……そうなんだ」

 「まぁ、現実は手掛かり全く掴めないし、毎日食べてくことで頭一杯だしで、ほぼほぼ見つけるの諦めてるんスけどね!」

 「……ハハハ」


 アハハ、と。内心の心情を誤魔化すように、不格好な笑みでサムズアップをする。


 「……あー、流れで暗い話しちゃいましたけど……聞いてくれてありがとうございます。おかげでちょっと楽になりました……」


 先程とは違った意味の気恥ずかしさと、少しだけ不安が入り交じったような声音で、ルースは感謝の言葉を述べた。


 勢いに任せて言ってしまったが、理由が理油である。自分の不幸に酔っているようで、話し辛い身の上話だったが——正直、最初は『ただでさえ暗い毎日なのに暗い話しないで!』などと、聞く耳持たずで話が終わると思っていた。


 が、やはり。キキはルースが思う以上に人の良い先輩であったらしい。


 話を聞いて貰ったことで、少しだけ気が楽になったのは気のせいではないのだろう。何事も一人で抱えるのには、辛い感情というものはある。


 もし、両親の仲間達に出会ってしまったら『お前たちのせいで両親は死んだんだ!』と、八つ当たりしてしまいそうだったが、今の心境で、もしまだ見ぬ両親の仲間たちに出会たのなら、何気ない世間話の一つでもして語り合えるだろう。


 「え……?」


 ——と、思っていた矢先。キキの方に視線を向けると、気恥ずかしさと申し訳なさが入り交じったような何だか良く分からない表情のキキが、プルプルと身体を震わせてた。


 「……な、何スかその顔……? どういう感情ですか……?」

 「……いや、いい話で終わると思ったら……後半の話が思った以上に重くて……ちょっとどういう反応すればいいか分かんなくなっちゃって……その、なんか……ホントにごめん……言い辛いこと聞いちゃって」


 予想外の反応に、ルースは二、三度パチクリと瞬きした。


 一瞬だけ思考停止するも、すぐに、ハッ! となって手をブンブンと振る。やはり、あの空気感から話すには話題が重すぎたらしい。すぐに己が失敗へ思い至り、早口で弁明を始めた。


 「い、いやいや! いいっスよ、いいっスよ! 俺が勝手に話しただけなんで! 調子狂うんで謝らないで下さい……! 寧ろすいません! 今の空気から話す事じゃなかったっス!」

 「ううん……元はと言えば、タチの悪い絡み方した私が悪い事だから……ごめん、ルース。ホントごめん……」

 「いやいやいやいや……っ! 周りの視線が痛いんでホンっト止めて下さいって……!」


 壊れた蓄音機のように謝罪を反復するキキを、慌てて慰める——が、効果なし。


 痴話喧嘩か何かと勘違いしたのだろう。こういう時は大抵、男の方が悪くなるものである。プルプルする少女とそれを慰める少年を交互に見て、道行く通行人が、責めるような視線をルースに向けて来る。


 「——オ~イ、オマエらァ~? 今から明日の仕事に関して会議するから、ギルドに来い……って、オマエら何してんだよ……? 何かあったか……?」

 「マ、マスタ~……! お願いします! 助けて下さい!」

 「お、おう……」

 「ごめん……ホントごめん……」


 と、その時だった。


 店の入り口扉から出て来たアスマが、二人の惨状を見て呆気に取られたのか、口元をへの字にして固まった。「……と、とりあえず入れよ……?」と、店内に促す彼の言葉に従い、二人はトボトボと歩いて行くのだった。

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