第6話‐依頼と現実④・前編

 「あー、ようやく終わったー……。人使い荒いなんだよなぁ、この店……」


 エマとアスカから押し付けられたタダ働きお手伝いが一段落した頃、空には既に夜の帳が降り尽くしていた。


 既に点灯夫が仕事を終えた後なのだろう。大通りに立ち並ぶレトロモダンな意匠のガス灯からは、しんしんと頼りない明かりが放たれている。


 その内の一つ——店のすぐ近くにあるガス灯に寄り掛かりながら、ウェイター服を気崩したルースは、愚痴と共に一息を吐いていた。


 「——愚痴吐くなら、もう少し小さな声にしなさいよね……誰が聞いてるか分からないんだから……」


 ふと、気だるげな声が耳朶を震わせた。


 聞き慣れたその声に振り向くと、同じく仕事を終えたキキがウェイトレス服の襟元を緩めながら歩いて来る。ルースと同様に酷使されたのか、その表情には濃い疲労の色が滲んでいた。


 ドっと押し寄せて来たであろうその疲労と共に「……はぁ~」と溜息を吐いたキキ。そのままルースと同じガス灯に背中を預け、その場にしゃがみ込んだ。


 「……ホンっトに疲れた。昨日今日で色々あり過ぎ……」

 「まぁ、テロ防いだのに犯罪者になって投獄されと思ったら釈放されて、ようやく帰って来たら飲食店の給仕っスもんね。しかも激務。その上、明日からはまた冒険者ですし、そりゃ疲れますよ」

 「ホントよ、ホント! 最近こんな事ばっかり!」


 頬をぷくりと膨らませたキキは、ぷんすかと怒りを露わにする。


 「あぁ~、もうっ!」と。そのまま勢い良く下を向くと、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように愚痴を零し始めた。


 「……仕事ないしっ、お金ないしっ、家ボロいしっ、ギルドしょぼいしっ、日雇いの仕事キツイのばっかだしぃ~! だんだん何で冒険者やってるのか分かんなくなってきたぁ~……リベルタスに来てもう五年になるのに、どうすんのよこれぇ~……!」


 昨日からの出来事が余程に応えたのか、相当ナーバスになっているようである。地面へ向けて叫ぶキキの声は、働く事に疲れた奴隷の切実な悲鳴に聞こえた。


 「……」


 夢も希望も無い近代に生きる冒険者の現実リアリティを見て、思わずルースも沈黙する。自分よりも二年長くこの都市で生きた先輩の叫びに、おのが未来を見てしまった気がしたのだ。


 ——俺も近い将来こうなるのかな、と。


 「ねぇ、ルース……もう冒険者辞めて一緒に事業起こさない? 儲け良さそうなの。繊維産業とか。アストルフトの適当な工場から服を卸して貰って、リベルタスで売りまくるの。『花の都の最新ファッション! これで貴方もスピラル市民!』とか宣伝文句つければ一ヶ月で億万長者よ」

 「……元手金どうすんスか」

 「銀行から借りればいいじゃない」

 「……誰の名義で借るんスか。業績も職歴も事業の展望も何も無いのに、銀行がお金貸してくれるわけないですよ。最近は景気も落ちてきましたし……」

 「ぅぐ……っ」

 「気持ちは分かりますけど……現実見て下さいよ、キキさん……。冒険者は、もう絶滅寸前の衰退産業なんです」

 「~~~っっ!」


 本気で言っていたわけではないのだろうが、やはり現実を突きつけられると、どんな人間でも心に来るものだ。後輩の口から告げられた洒落にならない冒険者産業の現状を認識させられ、キキは涙目になってプルプルし始める。


 「分かってるわよぉ~、それくらぁ~い……」と、消え入りそうな声で俯いた。


 「……」

 「……、……あ~」


 そして、ぐすんと涙ぐみながら、そのまま黙りこくってしまう。


 「え~とぉ~……、キキさんってその歳で冒険者なんてやってますけど……何か理由とかあるんスか? 珍しいっスよね……オレたちの年代で、冒険者やってるのって」


 居心地の悪い沈黙に耐え切れず、思わず咄嗟に思い付いた質問でお茶を濁す。すると、それが功を奏したのか、話題に食いついたキキが顔を上げた。


 「……理由って……冒険者やってる変わり者の理由なんてみんな似たようなものでしょ? 犯罪歴があって冒険者以外できない~とか、冒険者の武勇伝に憧れて~とか……私も例外じゃないわ。憧れがあって冒険者になったの」

 「へー、よくある理由っスね……キキさんの事なんで、もうちょっと何かあると思ってましたよ、ハハハ」

 「……何よ、よくある理由って……ムカつくわね。そういうアンタはどうなのよ?」

 「……え?」

 「さぞや高尚な理由があって冒険者になったんでしょうね?」


 頬をぷくりと膨らませながら、唐突な質問をして来るキキ。『よくある理由』と形容された事が納得いかなかったのだろう。こちらを見上げる不満気な視線は、『答えるまで許さない』と言わんばかりに細められている。


 「あー、それはー、えぇとぉ~……」

 「……? 何よ、その反応?」


 ——下手を打った、と。明後日の方向に視線を向け言葉を濁す。


 その様子を不審に思ったのか、訝し気にキキが眉根を寄せた。


 「……言わなきゃ駄目スか?」

 「え~、ホントに何よその反応~? そう言われると聞きたくなるじゃな~い?」

 「……クソっ、気なんて遣うんじゃなかった……」


 気遣いが裏目に出てしまった事実を、今さらながらにルースは後悔する。


 が、もう遅い。先程の事業提案で言い負かされた事への意趣返しなのか、『いい弄りネタを見つけた』とばかりに、キキはニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべた。


 「いいから言いなさいよっ、言わなかったら罰金! はいっ、三秒以内! 三、二——」

 「ちょちょちょちょ、ちょっとストップ! ストップ! 何ですか罰金って! 止めて下さいよ! 話しますから!」


 キキ・アグノーメンという人物は、出会った当時から『自己中心』という言葉を擬人化させたような人物だ。この程度は良くある事である。


 ルースは仕方なしと溜息を一つ。「……言っときますけど、ちょっと重い話ですからね」と前置きし、嫌々と話し始めた。


 「……あー、っと……昔もちょっと話したと思いますけど、俺の両親、昔リベルタスで冒険者やってんスよ。ギルドにも入ってて、それなりに稼いではいたらしいです」

 「そう言えば……アンタと初めて会った時に聞いた気がするわね。三年くらい前だっけ? ……今の私からすれば、羨ましい話だわ」

 「まぁ、父さんと母さんが冒険者やってた頃は、ちょうど『民間の騎士』とか呼ばれた時代だったらしいスから。警察制度が出来上がるちょっと前くらい……かな?」


 今でもルースが思い出すのは、両親が仲間たちと共に成し遂げた武勇伝だ。


 魔獣退治や素材回収が主だった中世から近世にかけての冒険者の仕事は、魔獣の減少や重火器の登場、素材の入手方法が簡素になった事から、治安の維持や犯罪組織の取り締まりに移ったと言われている。


 依頼の標的が魔獣や素材から『人』に移った時代の冒険者は、魔獣退治や素材回収などの需要が消えた時期から、警察が現れるまでの短い時間の間、『民間の騎士』として生業である人助けを行っていたのである。


 両親もその例に漏れず、多くの悪人を懲らしめたらしい。


 いつもいつも自慢気に語る両親の過去を、話半分に聞いていたのを覚えている。


 「……そのご両親が、どうしてアンタがリベルタスに来る事と関係があるのよ? アンタって、冒険者に憧れを持ってなったような口ではないでしょ?」

 「……まぁ、確かに……そうっスけど」


 訝しげな表情でキキが聞いて来る。彼女の言う通り、ルースは冒険者に対して強い憧れを持ってリベルタスに来た訳ではない。ある一つの理由があってこの都市に来たのだ。


 「……」

 「?」


 少し答え辛いその質問に沈黙すると、キキは頭上にはてなマークを浮かべる。


 ジっと見て来る彼女の視線に頬をポリポリと掻いたルースは、「……実は、俺の両親——」と、沈黙を破るように口を開いた。


 「——追放されたんですよ・・・・・・・・・所属してたギルドを・・・・・・・・・……」

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