第4話‐依頼と現実③・前編

※1talerタラー=日本円で約100円とお考え下さい。

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 【GLORIOUS MEMORY】に入って右手側に見える大きな扉。


 ここが冒険者ギルドである事を示す紋章——『橄欖樹かんらんじゅの枝を咥えた斑鳩テメラリア』が刻まれた扉にエマは向かっていた。


 扉の横には、『Welcome to the RASCAL HAUNT!! We are glad to meet you dear promisee!!‐ようこそラスカル・ハウントへ! 皆様を心から歓迎します、親愛なる依頼人!』と書かれた立て看板が掛けられている。


 「アスマ~、いるか~い?」


 扉を開けると同時に、撫でるような酒の香りが鼻の奥をスゥーと差す。


 バー特有の酒の甘味と酸味が入り交じったカジュアルな空気感は、やはりここが冒険者ギルドであるという事を彼女に忘れさせる。


 冒険者とバー。二足の革靴を履いているこのギルド——【RASCAL HAUNT】のギルドマスター曰く、『バーに来た客への宣伝になるし、収入もあるとか最高だろ!?』とのことだが、はたして本当に経営は上手くいっているのだろうか。


 「グゥフゥ……グガッ……、ガー……zzz」

 「……はぁ~。何て所で寝てんだい、このバカは……」


 エマの心配を知ってか知らずか、当の本人はいびきをかいて爆睡していた。


 手入れの行き届いた酒棚バック・バーとカウンターテーブルだけが置かれたシンプルな店内である。そのカウンター席に、無精髭を生やしたバーテン服の男が一人、テーブルに突っ伏していた。


 男の名前はアスマ・クノフローク。


 何を隠そう、この男こそが、キキとルースが所属する冒険者ギルド【RASCAL HAUNT】のギルドマスターその人であり、エマとは古くからの友人でもある人物だ。


 「アスマ、起きな! こんな真昼間から寝てるんじゃないよ!」

 「グガ……っ!? ……ンだよォ……いってェなァ~……っ」


 パァン! と、気持ち軽めに頭を叩くとすぐに反応が返ってきた。


 寝ぐせだらけの黒髪をガシガシと掻いたアスマは、エマの顔を見るや否や、露骨に嫌そうな顔で表情を歪める。


 「う~っわ……何でいンだよ、オマエ……」

 「う~っわって何だいっ、う~っわって! 久々に会った同僚にその対応は随分じゃないかい?」

 「同僚って……だろ、? オマエもう冒険者辞めたじゃねェかよ……。つか、何だよ……こンな真っ昼間から? バーは夜からだぞ?」


 気だるげな態度を取る旧友は、そこで一度言葉を切ると、何かに気付いたようにエマの脇腹に目を遣る。「それとも——」と、少しだけ眼光を鋭くし言葉を続けた。


 「——その脇腹のケガと・・・・・・・・何か関係あンのか・・・・・・・・?」

 「……、ハっ……衰えてないみたいだねぇ。話が早くて助かるよ」


 一目で依頼人・・・の脇腹の骨折を見抜いた目の前の男の慧眼に膝を打つ。


 どうやら冒険者としての腕は鈍っていないようである。それを軽く讃えたエマの言葉に「当たりめェだろ」と、アスマはしたり顔で笑みを浮かべると、酒棚から適当に取った酒瓶ボトルをグラスに注ぎ、エマの前に置いた。


 「どうも」と、グラスを一口。


 今回の依頼に関わる一枚の写真を懐から取り出した。


 「……まずはコレを見てくれるかい?」


 テーブルに並べられた写真に写っていたのは『不気味の人の手』である。


 浅黒く変化した表皮に、奇妙に変形した爪。まるで古代の遺跡から出土するミイラのものにも似たソレは、何故か見ているだけで吐き気を催す程の、病的なおどろおどろしさを漂わせている。


 それを見た瞬間、アスマは不快そうに眉根を寄せた。


 「……、……はぁ~……リベルタスも物騒になったなァ、オイ? よりにもよって『聖骸・・』かよ」


 『タイタス・アンドロニカスの聖骸』。


 列強国を中心とした世界中の国々が加盟する世界最大の意思決定機関——『大世界連盟』が定めた、禁忌指定の精霊資源。その内に桁違いの精霊を宿す、実在した聖人の遺骸である。


 これ一つあれば、一都市に壊滅的なダメージを及ぼす事さえ可能な代物。


 それを理解しているからだろう。明らかな難色を露わにしたアスマの表情を見て、旧友が仕事を受けてくれるかどうか——という不安が浮かんだエマは、その内心を隠すように口を開く。


 「この街が物騒なのは昔から変わらないさ……変わったのは、昔ほど身勝手に暴れられないって事さね。アンタたち冒険者も——そして、アタシら警察や軍もね?」

 「ハハッ、ちげェねェ! なにせ冒険者は許可なしに暴れりゃ逮捕されるし、警察は仕事をすりゃァ新聞で扱き下ろされる時代だ……民主主義が聞いて呆れるぜ。自由と身勝手を履き違えてんのかねェ~、社会ってヤツは?」

 「……茶化すんじゃないよ、アスマ。その社会で暴れる許可を、アタシら警察がやろうって言ってるんだ。……今回の依頼は、私でさえ手こずるレベルの依頼さね。何ならアタシら警察どころか、さえ出張って来てる」

 「……あァン?」


 『軍』という言葉が引っ掛かったのか、アスマが露悪的な態度を崩した。


 「軍の連中まで捜査に加わってンのかよ? それヤベェのは聖骸だけじゃねェだろ。どンだけアブねェ馬鹿が関わってやがる?」

 「それを聞きたいのであれば、まずは受けるのか、受けないのかをハッキリしてもらわなきゃいけないねぇ」

 「……」


 素知らぬ顔でグラスを呷るエマ。『聖骸』『軍』、不穏な二つのワードを聞いて、自分が思っている以上に危険な依頼である事を察したのか、アスマは少し考えるように押し黙った。


 仕事は欲しいが、報酬に見合わないリスクならば受けたくない——そんな本音が見える旧友の表情に、エマは内心で独り言ちる。


 ——攻めるならここだ、と。


 「因みに、報酬は弾むよ?」


 一瞬の間を置いて、意味深にニヤリと笑ったエマは、ワイルドカードを切った。懐から出した紙片——『25,000 talerタラー』という大金が書かれた小切手をテーブルに置く。


 その額を見て目を点にしたアスマは、二、三度ほどパチクリと瞬きすると、満足そうに口角を吊り上げる。


 「こりゃァ前金って事でいいんだよな?」

 「あぁ、勿論。後金はこの倍出すよ」

 「ハハっ! 締めて75,000タラーか! いいねェ!」


 やはり人を動かすのは金である。提示された後金の報酬額も気に入ったらしく、小切手を大事そうに懐へしまったアスマは、上機嫌で右手を差し出して来る。


 「冒険者の辞書に『無鉄砲』と『破天荒』以外の文字はねェ。気前のいい依頼人の頼みなら、斑な鳩は蒸気の空だって飛ぶだろうぜ?」

 「あぁ、アンタならそう言ってくれると思ったさね」


 交渉成立。エマは差し出された右手を握り返すと、懐から一枚の封筒を取り出す。


 「……依頼の続きを話すよ」、と。その封筒から取り出された二枚のモノクロ写真には、一目で堅気の人間ではないと分かる程の物々しい空気感を漂わせた男達が写っている。


 トレンチコートとボーラーハットが特徴的な人間種アンスロープの男と、その男と同じ格好をした2mは優に超えていそうな大男。おそらく後者は、巨人種ギガロプスか何かとのハーフだろう。


 「あァ、なるほどな……軍が出張るワケだ」


 アスマはその二人の男達の正体を察したのか、溜息交じりに呟いた。


 「……バーリー兄弟か。バーリー街きっての大悪党ともなりゃァ、流石に警察じゃァ手が負えねェもンな? オマエの脇腹のケガも、コイツらにやられたのか?」

 「あぁ……そうだよ。兄貴の方と殺し合いしてたら、後ろから弟の方にぶん殴られた。流石は大世界連盟直々に指名手配するようなワールドクラスのクズ共だよ……戦い方が卑怯な上に、ムカつく位に上手かった」


 ——忌々し気に言い捨てたエマの脳裏に蘇ったのは、一週間ほどの前のバーリー兄弟との戦闘である。


 兄——ジェジフ・バーリーと、弟——ギルバート・バーリーは、思った以上の手練れだった。つい、その戦闘技術を賞賛してしまう位に。


 殺し、運び屋、強盗、人身売買、麻薬売買——他にも、ありとあらゆる犯罪に手を染め上げた悪党の中の悪党。最悪の暗黒街と呼ばれるバーリー街出身の、国際指名手配犯——。


 バーリー兄弟という犯罪者たちの経歴を語るのであれば、一冊一〇〇〇や二〇〇〇ページじゃ足りない位の文量にはなるだろう。


 それだけの大悪党を前にしてなお、エマは勝利する自信があったが、どうやら自惚れであったらしい。若い頃ほど身体が動かなくなっているのは、やはり自分が歳を取ったからなのだろう。


 「ハハハっ! らしくねェな。事務仕事ばっかで鈍ってンじゃねェのか? 定期的に身体動かさねェと、すぐにガタが来るぜ? オレらみてェな四十代はよォ」

 「……うるっさい奴だねぇ! アンタみたいに現役で冒険者なんてやってる奴と一緒にするんじゃないよ!」


 人が気にしている事をズケズケと茶化して来るアスマ。ぷんすかと怒りを訴えるも、旧友は面白がってヘラヘラと笑うだけだ。


 「……まったく。相変わらず無神経な奴だよ。まぁ、いいさね」と、エマは溜息交じりに悪態を吐き、本題へ話を戻した。


 「依頼内容自体は単純さね。バーリー兄弟が持ち込んだ聖骸の奪還——それが、今回の依頼の内容だよ。……まぁ、単純じゃないのは、その所在なんだけどねぇ」

 「バーリー兄弟が持ってンじゃねェのかよ?」

 「……いや、今回バーリー兄弟が聖骸を持ち込んだのは、ある男・・・と取引する為さね」

 「……ある男?」


 「あぁ」、と。アスマの疑問に短く答え、封筒の中から最後の写真を取り出した。

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