第3話‐依頼と現実②・後編

 「あら? おかえりなさい、二人とも」

 「ただいま~! アスカ~、ちょっと聞いてよ~……昨日、コイツのせいで散々な目にあったの!」

 「何で俺のせいなんスか!」


 何かトラブルでもあったのか、開口一番キキが自分へ話したがった内容は後輩への愚痴のようだ。


 それが気に食わなかったのだろう。ルースがぷんすかと不満を露わにする。


 ——彼らは自分が賃貸しているこの店の数室、その一室に居を構える冒険者ギルド【RASCAL HAUNT】に所属する冒険者であり、同時にアスカから住居を借りている賃借人ちんしゃくにんである。


 彼らと自分との関係を言葉にするのであれば『大家と入居者』、或いは『知り合いの部下』と言った方が適切だろう。


 キキの方は五年、ルースの方は三年来の付き合いになるが、未だに彼ら二人の関係は良く分からないものがある。


 ただ一つだけ言えるのは、彼らは『コンビを組んで仕事をする位には仲が良い』——という事だけだ。


 「大体! 昨日のアレは、キキさんが『今からギルドの宣伝に行くわよ! 売名しなきゃ仕事なんて来ないわ!』とか言って俺を街中引きずり回したから、あんな事になったんじゃないスかぁ!」

 「はぁ~? なに記憶捏造してんのよ! アンタが宣伝サボる口実で『キキさん、キキさん! 今日からオープンする機械博物館があるらしいっスよ? ちょっと見に行きましょうよ!』とか言って私のこと引っ張ってったから、あんな事になったんでしょうがぁ!」

 「……はいはい、店でケンカしないの。ケンカするなら外でやってね」


 だが、しかし。いくら『喧嘩するほど仲が良い』と言っても、せめて時と場所くらいは選んで欲しいものだ——と、声を荒らげて口喧嘩を始めた二人を、呆れ半分になだめる。


 食事をする客達の表情が徐々に渋いものへと変化して行くのを横目で見つつ——、アスカは「……う、ううんっ」と、わざとらしく咳払いを一つ。


 ようやく経営が軌道に乗り始めた中で、客が離れるような事はしたくない。


 二人の間に割って入るように、話題を切り替えた。


 「昨日のアレ、あんな事——が、何なのかは知らないけど……実際、昨日は二人とも何してたの?」

 「「……っ!」」


 うぐっ、と。痛いところを突かれたのか、二人が気まずそうに視線を逸らす。


 「アスマも私も心配してたよ。冒険者だから大丈夫なのは知ってるし、一応は二人とも十五歳超えた成人だけど、二人ともまだ二十歳にもなってない子供みたいなものなんだから、ちゃんとそこら辺のところは考えて欲しいかな? だからぁ……そのぉ、あのぉ……ナニ……?」

 「「……?」」


 突然、言葉の歯切れが悪くなったアスカを訝しく思ったのか、二人は頭上にはてなマークを浮かべた。


 「二人がコンビ組むくらい仲良しなのも知ってるから、外野の私がとやかく言うのも違うと思うんだけど……そのぉ……ね? 流石に……一晩中夜遊びするのは良くないんじゃないのかな? もしかしてブロンズチャペルの歓楽街でも行ってたの……?」

 「……え、ん? ちょ、ちょっと待って下さいよ、アスカさん……!?」

 「……もしかしてナニか変な勘違いしてない!?」


 思っていたものとは別の反応が返って来た事に、今度はアスカの方が頭上にはてなマークを浮かべることとなった。


 「え、違うの……?」

 「違うわよ!!」「違うっスよ!!」


 どうやら下種の勘繰りであったらしい。


 顔を真っ赤にして否定して来る二人を見て、額から一筋の冷や汗を流したアスカ。間違えてしまった申し訳なさと、勘違いしてしまった気恥ずかしさが入り交じったような、微妙な愛想笑いを浮かべ——「……あらら、ごめんなさいね?」、と。

 

 少し慌てて謝罪を口にすると、言葉を続けた。


 「いっつも一緒にいるから、私てっきりそうなのかと・・・・・……。嫌ね、ホント……おばさんになると、どうも勘繰り深くなっちゃって……」

 「私がコイツとどうこうなんてこれまでもこれからも未来永劫あり得ないから! だいたい私っ、もっと頼りになる年上の方がタイプだし!」

 「そうっスよ、アスカさん! 俺がこの人と組んでるのは成り行きであって男女のあれこれとかはありませんから! それに俺っ、タイプは守ってあげたくなるような年下の子なんで!」

 「そ、そうなんだ……」


 食い気味ににじり寄って来る二人に気圧されつつ、「アレ?」と。


 アスカは、ふと疑問に思ったことを口にする。


 「じゃあ……二人とも昨日は何してたの? まさか一晩中チラシ配りやってた訳じゃないでしょ?」

 「え……。……あー、それはぁー……ほら、アレですよ……アレ……——ですよね! キキさん?」

 「っ!? (ちょっと……! 何で私に振るのよ……! アンタが言いなさいよ……!)」

 「(嫌っスよ……! 怒られるじゃないですか……!)」

 「?」


 何か後ろめたい事でもあるのだろうか——、ギクリと肩を震わせた二人。


 目を逸らして小声で話し始めた二人は、少し焦った様子だ。


 「——留置場にぶち込まれてたんだよ、そのバカタレ共は」


 明らかに何かを隠しているその態度を訝しく思っていると、そんな疑問に応える声が耳朶を震わせた。


 キキとルースの後ろからひょっこりと顔を出したその人物——古くからの知己の仲であるエマが、呆れた表情で悪態を吐く。


 彼女は「……はぁ~」と、小さく溜息を一つした後、すぐ近くに置いてあった予備の丸椅子に、軽く飛び乗るようにして座った。


 「あれ、エマじゃない? どしたの珍しい……じゃなくて! 留置場!? 警察のお世話になるようなことしたの、この二人……!?」

 「昨日オープンしたキングス・ワポル機械博物館がラダイト運動の標的になったって聞かなかったかい? 勇気ある冒険者達の手助けで、無事に逮捕されたって」

 「そう言えば、今朝の新聞で見た気がするかな……。たしか治安維持法に抵触して一緒に逮捕されたんだっけ? ……酷い記事だったよ? 『英雄に対してこの仕打ちか!』『警察の横暴を許すな!』って……ボロクソに書かれてたよ、警察の事——って、まさか!」

 「……そう、そのまさか・・さね。自分達の立場を忘れて銃だのサーベルだの魔法だの、撃って斬って使いまくったのが、そこで冷や汗かいてるバカタレ二人だよ

 「……。……ふ~ん、なるほど?」

 「「……っ!」」


 一瞬だけ無言になったアスカは静かな怒りを湛えた笑みを薄っすらと浮かべ、冷徹に細めた瞳を当の人物達へ向ける。すると、ビクゥ! と、怯えた表情で二人は全身を震わせた。


 普段は優しい人物の怒りというものは、その人物に近しい人間であればあるほど、大きく見えるものだ。だからこそだろう——、冷徹な眼光を向けられた二人は、まるで怪物にでも遭遇したように、ダラダラと冷や汗を流し始める。


 焦りと恐怖でブルブル震える二人へ、アスカは冷淡に告げた。


 「——二人とも、今月から家賃三倍ね」

 「「……そんなぁ~~!!」」


 悲痛な叫び声を上げた二人は、そのまま膝から崩れ落ちた。


 そんな彼らの様子が可笑しかったのか、ケラケラと笑ったエマが「いい気味さね」と膝を叩く。


 「これに懲りたら、今後の身の振り方には気をつけるんだねぇ、冒険者」

 「「……ごめんなさい」」

 「……私の方からも、ごめんなさいね、エマ? こっちでもきつく言っとく」

 「あぁ、別にいいさね。治安維持法に抵触してるとはいえ、今回の逮捕に警察の私怨が入っていないと言えば嘘になる。昔から警察と冒険者の仲が悪いから、仕方がないっていう部分もあるんだけどねぇ——」


 ——「まぁ、でも……」、と。


 世間話でもするように語調を崩していたエマは、少し悪戯心の込められた笑みを浮かべる。その笑みに何か嫌な気配でも感じたのか、二人がゾワリと顔を青くした。


 「……少しは反省してもらった方がいいかもしれないねぇ? 丁度、店の客足も慌ただしいようだし——アスカ、二着くらい給仕服に・・・・・・・・・空きはあるかい・・・・・・・?」

 「あら~、それはいいわね~♪ 勿論あるよ・・・

 「「……え゙っ?」」


 エマが何を言わんとしているのかを理解したアスカは、有難くそれに乗っかった。


 和やかな笑顔の裏側に、きっと二人は汚い大人の顔を見たのだろう。何かを言いたそうに口元をまごつかせるが、「——じゃ、二人ともタダ働きお手伝いよろしくね」と、有無を言わせないアスカの追い打ちに敗北。


 「「……はい」」と、諦めたように項垂れると、大人しく給仕服を取りに行く。


 その寂し気な背中を見送り、エマの方へと向き直った。


 「——それで? いつもいつもお忙しいはずの警部様が、こんな古いだけが取り柄の大衆食堂パブにどうしたの? 最近、物騒な話をよく聞くからアスマに用事なのは何となぁ~く分かるんだけど」

 「……まぁ、そんなところさね。情けない話だけど、警察や軍が表立って動くには制約が多くてねぇ……仕方なくあのバカを頼りに来たって訳さね」

 「ふふ、いいんじゃない? 喜ぶと思うよ、アイツ。久々の仕事キター! って。昼間は隣で寝てると思うから、引っ叩いて起こしてあげて」

 「はははっ……そうさせてもらうさね」


 そう言って、ぴょいっ、と丸椅子を飛び降りたエマ。


 久方ぶりの知己との再会を惜しむ間もなく、彼女は足早にその場を後にした。


 どんな職業も変わらない。きっと警察にも警察なりの忙しさがあるのだろう。


 「——よしっ、私も仕事戻るか~!」


 気合を入れ直したアスカは、遠ざかって行く背中を待たずして、更に慌ただしくなって来た店内へと意識を向ける。


 「アズガざあぁぁぁぁぁぁ~~~ん……っ!」

 「やばっ……忘れてた……っ! ごめぇ~ん!」


 そして、苦笑する視線の先で、冷え冷えのフィッシュ&チップスを手に涙目で立ち尽くすベティを発見。慌ただしく彼女の元へと駆けて行った。

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