3
痛いよ。
ほとんど唇の動きだけで、葛西さんが言った。
俺は慌てて掴んでいた腕を離した。そんなにきつく力を込めている自覚はなかった
「緑雨も必死だし、小川さんも必死だ。」
葛西さんがぽつぽつと言葉を唇から落とす。そんな喋り方は、いつもの毅然とした葛西さんらしくなかった。
だから俺は、どうしていいのか分からなくて、また葛西さんの腕をつかもうとした。
不安だったのだ。葛西さんもどこかに行ってしまいそうで。
すると葛西さんは、静かに微笑んで俺の手を握ってくれた。指と指とを絡め、手のひら同士をぴたりとくっつける。
それでもまだ、俺は不安だった。
どこにもいかないで。
そう言いたいのに唇は凍りついていた。いつだって俺のその種の頼み事は、絶対に叶えられなかったから。
「寂しいだけでしょう。」
葛西さんは、まるでどこかが痛むみたいな目をしていた。
「俺がほしいんじゃなくて、緑雨がいないのが寂しいだけでしょう。」
一人でいるのが寂しいだけでしょう。
もしそう言われていたら、俺は葛西さんの言葉を素直に受け入れていたかもしれない。俺は、一人でいるのが寂しいから葛西さんにすがっているだけだと。
けれど、緑雨がいないのが寂しいだけでしょうと言われたら、到底それを受け入れるわけにはいかなかった。
「違います。」
俺は断固として首を横に振った。けれど、それ以上の言葉は身体と心の中のどこを探しても見つからなかった。
俺は、空っぽだ。
分かっていたけれど、その事実を突きつけられるのは辛かった。
「俺は、……、」
それ以上の言葉がやっぱり出ない。
あなたがほしい。
ただそう言えばいいのは分かっていた。分かっていても、その言葉は唇から外に、どうしても出ていかなかった。
「嘘くらい、ついてよ。」
葛西さんが、どこかが痛むみたいな目のまま、唇だけ笑わせて言う。
「そうしたら俺も、小川さんのこと、諦められるかも入れないのに。」
予想外の台詞だった。
俺は目を瞬かせ、葛西さんを見上げた。
俺を、諦める?
そんな台詞は、まるで俺を好いてでもいるみたいだ。
まさか、そんなわけがない。こんな俺が誰かに好かれるなんて、そんなはずがない。
心の中で、自分で自分を笑った。
けれど、少しばかりの沈黙の後、葛西さんは両腕を伸ばして俺のことを抱きしめた。
「好きだよ。分かってるでしょう。」
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