2
手のひらの上の錠剤たちを口に入れようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
俺はそれを無視し、口の中に睡眠薬をザラザラと流し込んだ。
もう一度、チャイムが鳴る。
それが緑雨でないことは分かっていた。緑雨だったら、鍵が開けっ放しになったドアを、我が物顔で開けて勝手に部屋へ入ってくる。
俺には休日に訪ねてくるような知り合いはいないから、きっと訪問販売か宗教の勧誘か、そんなところだろう。だから、出る気になれなかった。
ぼりぼりと、口の中の睡眠薬を咀嚼する。口腔には、一気にひどい苦味が広がった。
そしてそのとき、3回目のチャイムが鳴り、それと同時に玄関のドアが開いた。
驚いて玄関に目をやると、狭い1Kだ、侵入者とはっきり目があった。
葛西さん?!
二重に驚いた俺は、むせて口から錠剤をいくつかこぼした。
玄関の葛西さんは、どこか痛みでもするみたいに眉を寄せると、大股で俺に歩み寄ってきた。
「なにやってるの、小川さん。」
葛西さんのきれいな長い指が、俺の口の中に躊躇いもせずに押し込まれる。
ぼろぼろと、噛み砕かれた錠剤が布団の上に散らばり、唾液が糸を引いた。
「やめてよ。緑雨が言った通りのことをするのは。」
葛西さんがひどく悲しげに言った言葉の中から、俺の耳は緑雨の名前だけを拾い上げた。
「緑雨が?」
口の中は痺れるような苦味に満ちていたし、唇から葛西さんの指には唾液の糸がつながっていた。
その状態のまま、俺は身を起こして葛西さんの手首をつかみ、揺さぶった。
「緑雨が、なにを言ったんですか?!」
葛西さんが静かに首を左右に振った。
「ケイスケはきっと睡眠薬を飲むって、緑雨は言ってたよ。」
店からここまでの地図まで書いて、あいつも必死だね。
そう言って、葛西さんは俺の唇を親指で拭ってくれた。
葛西さんが言ったことの意味が飲み込めず、俺はぼうっとなって葛西さんの顔を見上げていた。
必死って、誰が、なんのために?
そんな俺を見下ろして、葛西さんは唇だけで笑った。
目も声も伴わないその表情は、けれど冷たくは見えなかった。ただ、どこか悲しそうには見えた。
俺はどうしていいのか分からなくて、つかんでいた葛西さんの腕をただ強く握った。
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