5
「なんで?」
そう問いかけるには、かなりの勇気がいった。だって、俺にとってケイスケはどうでもいい存在だからだよ、だなんて、知っていたって言われたくはない。
自分が傷つくのは分かってる。なんで傷つくのかだって本当は分かっていて、ただ、分からないふりをしているだけだ。なんで分からないふりをしているのかだって、本当は分かっている。
「なんで?」
俺の言葉を鸚鵡返しにして、緑雨は唇の端だけを軽く吊り上げた。
「なんでって、そんなの分かったら俺も苦労しない。ケイスケはなにも特別じゃないのに、なんで俺がこんなふうにならなきゃいけないのかが分からない。」
こんなふうってなに。問い返したかったけれど、できなかった。緑雨の視線が痛くて。
「……緑雨?」
沈黙に耐えきれずに名を呼ぶと、緑雨は軽く首を傾げるようにして、俺の口元に顔を寄せた。
「痛そうな顔、しないで。」
出てきた台詞は、それで精一杯だった。
緑雨はいつだって俺に優しかった。打算が裏にある優しさだとしても、確かに優しかったのだ。
その緑雨が、どこかが痛むような顔をしているから、その言葉はほとんど無意識に唇から出ていた。
「痛そうな顔?」
緑雨はそう言って笑った。それは俺がこれまで見たことがない、ひどく露悪的な表情だった。
「俺に痛そうな顔なんかさせられると思ってるの? ケイスケが?」
「思ってないよ。全然、思ってない。」
俺は何度も左右に首を振った。けれど緑雨は俺を許してはくれず、せせら笑った。
「そうでしょ? ケイスケなんか、全然特別じゃない。痛い顔なんか、するわけない。」
「うん。」
頷くしかなかった。深く頷いて、傷ついてなんかない印に、笑ってみせるしかなかった。
全然特別じゃない俺なんかが、緑雨に痛みを与えられるはずがない。
それなのに、緑雨はなぜだか俺を抱きしめた。雨にしっとりと濡れてしまった俺の身体を、きつく。
「……緑雨?」
狭い靴脱で、きつく絡み合った2つの身体。
背中を抱き返すのが怖かった。振り払われ、今度こそ再起不能になる台詞を吐かれるのではないかと思うと。
けれど緑雨はなにも言わなかった。ただ、じっと俺のことを抱いていた。
俺が彼の背中をなんとか抱き返せたのは、随分時間がたってだった。
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