翌日、当たり前のように緑雨は家事を手伝わなかった。洗濯、掃除、料理の作り置き。どれも子どもの頃からやっていることだから、手際だけはいい。緑雨は、早送りみたいだねぇ、と、感心しながらベッドに転がっていた。

 早送りみたい。

 それが虚しい時もある。

 物心ついた時には、両親はほとんど家にいなかった。洗濯も掃除も料理も、親に頼まれてやっていたわけではない。ただ、親に振り向いてほしくて、少しでも褒めてほしくて、自分からやっていただけ。けれどその願いがかなうことは、大学進学を機に一人暮らしをするようになるまで、結局一度もなかった。

 「ケイスケ?」

 茄子を切っていた手が止まったからだろう、緑雨が怪訝そうに俺の名前を呼んだ。

 俺は答えることができなくて、じっと固まったままぶんぶんと首を横に振った。それが、精いっぱいだった。

 緑雨はベッドから起き上がると、俺の傍らに寄ってきて肩を抱いた。

 「ケイスケ。もう、しよう?」

 なにを、なんて訊かなかった。この男とすることなんか一つしかない。

 鍋の火を止め、蓋を閉め、俺は緑雨の首に両腕を回した。

 緑雨は黙ったまま俺の唇を塞いだ。

 喋らなくていい。そのことに、俺は妙に安堵していた。

 どうしたの、と、訊かれたくなかった。答えると尚更惨めになるようで。

 緑雨は感情を読み取るのが上手い。常に、俺が望んでいることをし、望んでいないことはしない。

 ベッドまでのほんの数歩の距離を、抱き合ったままもつれ込むように進んだ。緑雨は俺の肩と腰を抱いて、離さないでいてくれた。

 「疲れて眠るまで、セックスしようね。」

 緑雨の口調は、小児科の医師みたいに優しかった。

 緑雨のホスピタビリティー。似合わない単語のようで、これ以上しっくりくる単語もなかった。ヒモは、優しい。優しいものだ。緑雨はいつだって、一瞬たりとも抜かりなく、俺に優しかった。

 ベッドに押し倒され、改めて深いキスをされる。

 緑雨の唇も舌も、滑らかで冷たく、心地よかった。

 するすると、手品師みたいに滑らかな動作で服を脱がされる。そのまま肌に触れられて、俺はきつく唇を噛んだ。女の子みたいな声が出るのが恥ずかしかった。

 緑雨は困ったようにほんの少しだけ眉を寄せた後、俺の口の中に長い人差し指を突っ込んできた。

 「声、我慢しないで。」

 何か言おうにも、指を噛んでしまうから何も言えない。同じ理屈でもう唇を噛めないから、声が我慢できない。

 「声出した方が気持ちいからね。」

 やっぱり優しい緑雨の声。俺はもう逆らわず、緑雨に身を預けた。 

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