6
昨日と同じ人?
緑雨が軽く首を傾げるようにして、俺の視線を捉えてきた。
「つまりそれは、俺にってこと?」
頷くのが恥ずかしすぎて、俺は身体を小さく丸めた。視線も緑雨から外し、ぐっと口をつぐむ。
「ねえ。」
答えてよ、と、緑雨の手が俺の頬に触れる。
その手には、奇妙に力がこもっていた。
俺はその力に押されるように、仕方なくぎくしゃくと頷いた。
小さな沈黙があった。
その後緑雨は声を立てて笑った。
「変わってるね、ケイスケは。」
変わってる。俺は、変わってるのだろうか。
それも分からないまま、俺は緑雨のキスで唇を塞がれた。
「好きだよ、俺、ケイスケのこと。」
嘘つき、と確かに思った。俺が緑雨にとって全然特別な存在じゃないことくらい分かっていた。
「でも、もう分からないんだよな。どんなセックスが俺のセックスなのかって。病気だよな、ここまで来たらもう。」
そんな目をされたら、そんな寂しげな物言いをされたら、俺はもう緑雨から逃げ出せなくなる。
葛西さんの顔は、たしかに脳裏によぎった。
緑雨を追い出せと言った人。あれは明らかに、俺のための言葉たちだった。
それでももう、だめだった。俺は緑雨を追い出せない。この部屋からも、俺の中からも。
「思い出すまで側にいて。」
声が掠れた。それでも必死の物言いだったのだ。
緑雨は笑った。それは、どこからどう見ても誠実にしか見えない微笑だった。
その誠実さを、俺は信じたのだ。どうせ嘘って、心は叫んでいたけれど。
「側にいるよ。」
嘘つきの声だ。甘く虫を誘う食虫植物みたいな。
それを俺は、気づかないふりをした。
「待ってて、思い出すから。」
緑雨は囁くように言ったあと、そっと俺の肌に触れた。それは確かにはじめてセックスをする男の子のような仕草だったけれど、緑雨自身の男の抱き方だとは思えなかった。ただ、初を装ったようにしか感じられなくて。
「思い出すまで、ここにいてくれる?」
縋るように言うと、緑雨は黙ったまま小さく頷いた。
このセックスだって、どうせ嘘。それでもいい。思い出すまで緑雨はここにいてくれる。
そう思ったんだから、もう俺はすっかり緑雨に溺れていたのだろう。
緑雨はその日から、俺の部屋に住み着くことになった。
俺が仕事に出かける時には目をさまし、いってらっしゃいと言い、仕事から帰ってくる頃にはまた昼寝から目を覚まして、お帰りなさいと言う。そして毎晩性交をする。それだけのために、緑雨は俺の部屋にとどまっていた。
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