緑雨は昨夜とは別人みたいな仕草で俺を抱いた。それはきっと、相手を飽きさせないための緑雨の常套手段なのだろう。

 だけど俺にはそれは逆効果で、ふと怖くなって緑雨の肩にしがみついていた。

 「昨日と同じにして。」

 訴える声は、どうしようもなく震えた。

 昨日と別の男に抱かれているみたいで、不安で仕方がなかったのだ。男相手でも女相手でも、性的な経験があまりないせいかもしれない。

 「昨日?」

 緑雨は怪訝そうに俺の顔を覗き込んできた。

 顔を見られるのが恥ずかしくて、俺は手近にあった枕をつかんでそれで顔を隠した。

 けれど緑雨は枕を力ずくで取り上げると、ひょいと俺と目を合わせる。

 「昨日と同じって、なにが?」

 そこで俺は、緑雨が意図して抱き方を変えているわけではないのだと知る。

 無意識でセックスの仕方をここまで変えるなんて、どこまで性的な人間なのだろう、と、俺は驚いてしまう。

 「ねえ、なにが?」

 黙ったままの俺に、緑雨が再度問うてくる。

 緑雨が無意識だと知ると、俺はセックスの仕方を昨日と同じにしてほしい、などと説明するのがどうにも恥ずかしくて、なんでもない、と、口の中で言葉を噛み潰す。

 「なんでもないってことはないでしょ。」

 緑雨の大きな手が俺の髪を無造作にかきあげた。表情がさらに露わにされるのが嫌で、俺は緑雨から思い切り顔を背けた。

 それでも緑雨がまだ目線を合わせてくるので、俺はついに観念してごにょごにょと言葉をかき回した。

 「……しかた。あの、せっくす、の……。」

 「しかた? セックスの?」

 「……はい。」

 短いとは言えない沈黙があった。 

 俺は緑雨から視線をそらしたまま、枕を取り戻して顔を隠した。

 沈黙を破ったのは、そっかー、という、緑雨のいっそ無邪気とも言えるような、単純な納得の声だった。

 「ごめん、気にしたことなかった。昨日って、俺どんなだった?」

 それを俺に説明させるのか、と、俺は目をむいて首を左右にぶんぶん振った。

 緑雨はそんな俺を見て、声を出して笑った。

 「説明してくれないと分からない。」

 「いや、いいです。もういいです。」

 「それじゃ俺の男がすたるでしょ。」

 「すたらないから。気にしないでください。」

 「気になるよ。昨日のほうがよかったってことでしょ?」

 「いや、それは違くて、」

 昨日と同じ人に抱かれているという実感がほしい。

 その言葉は、俺の唇からぽろりと零れ落ちた。 

 「え?」

 緑雨は虚をつかれたように目を瞬いた。

 

 

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