2
「珍しいね。」
葛西さんが俺の前に、薄くて甘いお酒をおいてくれながら言う。
「2日連続なんてはじめてじゃない。……緑雨に、なにかされた?」
なにかされた?
俺は戸惑って口をつぐみ、葛西さんを見上げた。
なにかというか、セックスはした。ただ、それは『された』わけではない。『した』のだ。確かに。
だから俺は首を横に振り、ピンク色のお酒を一口飲んだ。
葛西さんのすっきりと切れ長の目が、じっと俺を見た。
頭の中を何もかも読み取られそうな気がして、俺は頭を空っぽにしようとする。
けれどその努力をすればするほど、俺の頭の中は昨晩の性交の記憶でいっぱいになった。
緑雨の息遣いや、体重、体温、汗の匂い。快楽の記憶。それらはあまりに生々しくて、俺は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「顔が赤いね。」
ぽん、と投げ出すように、葛西さんが呟いた。
俺は思わず両手で頬を抑えた。
それを見た葛西さんが、低く笑う。
「したんだね、緑雨と。」
なにを、とは葛西さんは言わなかった。言わなくたって、あの男とすることなんか一つしかないからだろう。
そういう男と寝た。その自覚はあった。
「やめとけって、言ったと思うけど。」
「……すみません。」
「謝ることじゃないよ。俺はただのバーテンだし、君はお客様だ。俺の言うことを聞く義理なんてない。」
葛西さんの言葉は、俺を悲しくした。俺には友達も恋人もいないから、葛西さんにそうやって突き放されると、本当に孤独になってしまう。
「……そんなこと、言わないでください。」
声が勝手に震えた。
葛西さんが驚いたように俺を見た。
無言の間の後、葛西さんは俺に伸ばそうとした右手を、思い直したように引っ込めた。
「小川さんのことは、放っておけないな。」
独り言みたいな葛西さんの言葉。
俺は、縋るように彼を見ていた。
葛西さんの両目が、ふわりと笑う。
「家に帰ったら、緑雨が待ってると思うよ。いつものあいつの手だ。……追い返せって言いたいところだけど、小川さんにそれはできないでしょ。」
頷くことも、首を横に振ることもできず、俺は黙り込んだ。
いつもの手。
分かっている。緑雨にとって俺なんか全然特別な存在じゃないって。
分かっていても、俺は目の前の酒を飲み干し、荷物をまとめた。
葛西さんは静かに目を伏せ、囁くように言った。
「帰るなって言っても、帰るよね。」
葛西さんの言葉の真意が読めず、俺は首を傾げた。
「え?」
なんでもないよ、と、葛西さんが肩をすくめる。
俺は急いで勘定を済ませ、急ぎ足でバーを出た。
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