遊び

朝、目を冷ましたとき、はじめに思ったことは、緑雨はもういないかもしれない、だった。

 昨晩、玄関先で抱かれた後、移動して二回戦目をしたベッド。そこに緑雨はいなかった。

 帰ったのだろうか。ただいまって言ってくれる人がほしいって、その話はしたはずなのに。

 その時俺は、寂しくなった。たかが数時間しか一緒にいなかった男の不在が、こんなに自分を寂しくさせるなんて不思議だった。会話だってほとんど交わしていない、ただセックスをしただけの男。

 自分がそんなふうに思ったことも意外だった。ただセックスをしただけ。そんなふうに思えるなんて。

 とにかく仕事にいかなくてはならない。

 俺は洗面を済ませ、コーヒーを飲み、スーツに着替えて部屋を出た。

 部屋の鍵は開けっ放しになっていた。あの男はだからやっぱり部屋を出たのだろう。

 鍵を閉めようとして、指がためらった。

 どうしよう。この鍵を締めてしまえば、男はもう部屋の中には入れない。おかえり、とおれを迎えてくれる可能性はゼロになる。

 分かってる。鍵を開けておいたって可能性は限りなくゼロに近い。

 それでも、もしも、わずかばかりでも可能性があるのなら……。

 迷いに迷った挙げ句、俺は鍵をかけずに仕事にでかけた。

 仕事中も、緑雨のことが頭を離れなかった。緑雨の端正な顔立ちや、大きな手。長い指。その指がくれた快楽。

 自分はこんなに性的な人間だっただろうか、と思うほど、緑雨に与えられた快楽は俺の体も心も支配していた。これまでもセックスをしたことはあるし、それなりに快感だって得ていたけれど、自分の頭がそれだけで満たされて、指先にもどかしい熱を感じるほど頭の中がそれ一色になるのははじめてだった。

 業務時間が終わっても、俺は無意味に残業をした。別に急ぎでもない仕事を、あたかも明日が期限の仕事でもしているかのように、せかせかと片付けていく。

 帰るのが、怖かった。

 いつの間にかフロアは俺一人になっていた。

 さすがにそろそろ帰らなくては。

 俺はのろのろと荷物をまとめ、帰路についた。

 途中、まだ家に帰りたくない俺は、葛西さんのゲイバーに立ち寄った。この店に来るのは月に1回か2回くらいで、2日連続で顔を出したのははじめてだった。だからだろう、カウンターの中で他の客の相手をしていた葛西さんは驚いたように俺を見た。


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