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「大した意味なんてない?」
緑雨に肌を吸われながら、俺はぎこちなくなる声で問い返した。
俺の首筋の薄い皮膚に唇を付けたまま、緑雨は平然と頷いた。
「たかがセックスに、なにか意味を見出そうとするほうがバカだよ。ただの粘膜接触でしかないのに。」
淡々とした調子で言葉を紡ぎながらも、緑雨の手も唇も、的確に俺の性感帯を刺激してきた。
だから俺は、それ以上まともな言葉が口に出せなくなる。唇からこぼれ出てくるのは、ため息と嬌声だけだ。
恥ずかしかった。玄関先で、ついさっき会ったばかりの男に、喘がされているのは。
せめてベッドでしたい。
そう言いたいのに、口を開けばもっと恥ずかしい声が出てしまいそうで言えない。
「好きな人とセックスしたことはある?」
俺のスラックスの中に手を這わせながら、緑雨が訊いてきた。
俺は黙って首を横に振った。
好きな人はこれまで何人かいた。
その人達は、俺と同じ性別をしていた。
思いを打ち明けるどころか、好意を胸の奥に沈め、二度と表に出てこないように深いところに埋め込んでしまうのがいつもの手だった。
繰り返された、恋情のお弔い。
「そっか。」
俺の唇を舌でなぞって、快楽で俺を鳴かせながら、緑雨が低い声で囁く。
「じゃあ、俺を好きになって。セックスしてる間だけでも。」
セックスしている間だけ誰かを好きになる。
そんな器用なことをできる自分ではないと分かっていた。
それでも俺は、頷いた。緑雨の手淫に追い詰められ、涙すら流しながら。
緑雨が俺をこれっぽっちも好きじゃないことに、その時の俺は、まだ気がついていなかった。こんなにも性急に身体を求められるのは、そこにわずかばかりでも好意があると思いこんでいた。
「俺、緑雨っていうんだ。呼んでみて。」
「……緑雨?」
「うん。かわいいね、ケイスケは。」
「緑雨、」
「うん。」
「……緑雨。」
震える声で、俺は緑雨を呼び続けた。かわいいなんて、緑雨の言葉を本気にしたわけではない。ただ、真っ暗な玄関先で、見知らぬ男に身を任せるなんて、自分らしくない行為をしていることが不安で、せめて相手の声を聞いていたかった。
だから、緑雨がセックス中とは思えないくらい落ち着いた声で返事をしてくれると、安心だった。その落ち着きが、見知らぬ相手との数限りないセックスから来ているのだと、その時の俺は愚かにも、気がついてすらいなかったのだ。
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