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部屋の電気はつけなかった。テレビも同じくつけなかった。それは、玄関を入ってすぐに、緑雨が俺を抱いたからだ。
セックスは、好きではなかった。女の人と何度かしたことはあるけれど、上手くできたことはない気がして。多分セックスは、俺の、自分は劣った人間なのではないかというコンプレックスを明るみに出す。
服を脱ぎ、肌を絡ませ、ごまかしようのない状況でふたりきりでいるからこそ。
緑雨は、口づけをしたまま器用に俺のワイシャツのボタンを外しながら、セックスは嫌い? と囁いてきた。
千里眼か、と、俺は驚いて口づけを解き、緑雨から身を離そうとしたけれど、背中が玄関のドアにぶつかっただけだった。
「なんで、分かるんですか?」
俺の声は、固く震えていた。今から肌を合わせる相手に対するものとは到底思えなくらい。
緑雨は暗闇の中で、低く笑った。
「震えてる。嫌な思い出でもあるの?」
「……。」
嫌な思い出。
俺は口をつぐんだ。
女の人とのセックスは、俺のコンプレックスを刺激するだけではなく、もう一つの事実を俺に突きつけてきた。
俺は、男が好きだ。
これまで誰にも言えず、じっと縮込めてきた思い。
俺は、男の人とセックスがしたい。
おとなになって、ようやくゲイバーに時々顔を出すくらいの勇気は出せたけれど、そこで誘われた肉体関係はすべて断ってきた。
怖かったのだ。自分が男と寝たがっていると認めるのが。
せめて、普通でいたかった。父にも母にも愛されず、普通以下の感情表現しかできない自分を自覚していたからこそ、性癖くらいは普通でいたかった。
「男と寝たことは?」
「……ありません。」
「光栄だな。俺がはじめてか。」
緑雨の乾いた手のひらが、俺の肌の感度を測るみたいに這い回る。
俺はじっと唇をつぐみ、突っ立っていた。
怖い。
口に出すつもりではなかったのに、その言葉は唇からこぼれ落ちていた。
「それは、俺が怖いってこと? それとも男とするのが怖い?」
緑雨は俺の肌から手を離さないまま、さらりと流れるよう口調で問うてきた。
俺がどう答えても、緑雨にとってはどうでもいいことなのだろう。
そう思うと、ぐっと気が楽になった。
「男とするのが怖い。」
それでもなお震える声で答えると、緑雨は、そう、とだけ囁いた。そして、降ってくるのは深い口付け。
その間に、緑雨が言葉を継ぐ。
「心配しなくていいよ。セックスなんて、本当は大した意味なんてないんだから。」
これからセックスで俺をがんじがらめにする人間のセリフとは思えなかった。けれど、たしかに緑雨はそう言ったのだ。
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