第4話 トレード解禁

 ダンジョンマスターになって1週間、ダンジョンマスターたちにとってはここからが本当の戦いだ。と言うのも、今日はダンジョンマスター同士の初の顔合わせが行われ、本日よりトレードが解禁される。つまり、実質今日はSランク以外の魔物の召喚の解禁日なのだ。

 そして、自分以外のダンジョンマスターの属性はここで初めて知ることになる。


「ここがエントランスか。」


 各ダンジョンのマスターの執務室の入り口のドアはこのエントランスに繋がっており、今までは解放されていなかった。それが顔合わせが行われる直前になってようやく解放されたのだ。

 エントランスは正十角形になっており、各辺にドアが1つずつダンジョンマスターの執務室に続いているようだ。そして、中央には各ダンジョンマスター用に席が1つずつ用意された円卓が設置してあった。


「全員揃ったようだな。まずは座ってお互いに自己紹介でもしようではないか。お互い、まずはどんな相手がいるのか把握しなければ交渉も難しいだろう?」


 俺の左から出てきた筋肉質な男は、そう言って全員に着席を促した。全員が座ったのを確認して再び口を開く。


「まずは私から自己紹介させてもらう。とはいえ、ここは駆け引きの席でもあるのでな。紹介するのは自分の属性だけになるがよろしいか?」


 それ以上の情報は自分で相手から引き出せとメッセージを発し、周りにそれでいいか確認する。全員が頷くのを確認するのは忘れない辺りかなり厳格な性格なようだ。


「私は『鋼』のマスターだ。」


 男はそう宣言すると自分の左側の人物に発言を促す。それから、円卓を時計回りに『炎』『空』『獣』『聖』『氷』『邪』『地』『海』と自己紹介が終わる。


「俺で最後だな。俺は『創』のダンジョンマスターだ。お互い長いつきあいになるだろうからよろしく頼む。」


 俺があいさつすると全員の自己紹介が終わる。


「これで全員把握したな。では、ここから先は自由時間としようじゃないか。」

 鋼のマスターが最後にそう締めくくり自由行動となった。




「さて、まずはどう動くかだな。」


 自由行動になってすぐに俺は他のダンジョンマスターの属性を思い浮かべながら方針を考える。そうしていると声をかけられた。


「ねえ、あんた。『創』のマスターって何よ。そんなどんな魔物がいるかも想像つかない属性が存在するわけ?」


 話しかけてきたのは隣に座っていた海のマスターか。どうやら、俺の宣言した属性が正しいのか疑問に思っているらしい。


「初めまして、海のマスター。確かに口で言うだけなら嘘もつけるだろうな。だけど、この属性の宣言については誰も嘘をついていないよ。」


 しかし、俺は今回の参加者で嘘をついた人はいないと断言する。


「なぜ?」


 少女は不機嫌そうに問う。


「1つは俺たちが出てきた自分の部屋からの入り口だな。自分の部屋のドアに自分の属性が書かれている。誰がどこのドアから出てきたか覚えてれば嘘をついていてもすぐにバレる。それともう1つはこの手のひらサイズの水晶玉だな。これをダンジョンコアのように起動させればトレードの申請ができるようになっている。」


俺は円卓の自分の席に置いてあった水晶玉を手に取る。


「ここにはトレード相手として自分以外のダンジョンマスターの属性が書いてある。さっきの宣言は全てそこに載ってる属性だったよ。」


 俺が指摘すると少女は隣の自分の席に水晶玉を取りに戻り、言われたことを確認していた。


「これで俺の疑いは晴れたかな?」


 少女はこくりと頷く。


「まあ、君の従者は最初からわかっていたようだけど。」


 俺は行ったり来たりする自分の主を冷たい目で見る従者に視点を移す。このエントランスには自分の魔物を1体まで従者として同行させることが認められているが初日から連れてきたのは彼女だけだ。


「うん。うちのマスターが緊張でソワソワしてる間、自己紹介していないマスターたちが何かいじってるのは見えてたからね。」


 海の従者は水晶を見落として落ち込んでいる自分の主の頭を撫でながら言う。主人よりこの従者の方が優秀に見えるが。


「初回から従者を連れてきてるのは何かの作戦か?」


 他のマスターが従者を連れてこないのはトレード解禁前にいる自分のダンジョンのエースの情報を伏せるためだ。それをあえて晒すのは何か特別な理由があるように見えるが。


「想像にお任せするよ。君にはわたしたちがバカに見えるかい?それとも道化かな?」


 この従者は素直に教える気は無いようだ。


「それを断定するには俺は君たちを知らなすぎる。まあ、雑談はこの辺にして本題に入ろうか。君たちも雑談をするために来たわけでは無いだろ?」


 俺はそう言って本題に話を切り替えた。


「ええ、そうね。わたしたちが希望するのはBのカード。あなたのところのBのカードとわたしたちのBのカード、交換しないかしら?」


 本題に入ったのを感じ取り海のマスターはそう切り出した。


「最初からBのカードを希望するか。ふむ、君が海のマスターということは君のダンジョンにはスライムが湧いていると認識していいか?」


 俺は少し考える動作を絡めてそう切り出す。


「確かにうちのダンジョンには余るほどスライムが湧いているわね。それがどうしたの?」


 自分のダンジョンのDランクの話をされた海のマスターは首をかしげる。


「そちらから交換を仕掛けてきたのだからBカードにプラスしてスライムを3体もらえないかと思ってね。」


 俺はニヤッと笑ってそう言う。


「スライム?余ってるからいいけれど。」


 海のマスターはきょとんとした顔で頷く。


「マスターストップ。悪いけど創のマスター、ダンジョンの資源は有限なんだ。Dランクのスライムを3体も要求するならそっちのDランクの魔物3体かCランクのカード1枚もちょうだいよ。別に相手はいくらでもいるんだから嫌なら断ってくれても構わないよ。」


 海の従者が主人を止めて交渉に介入してくる。


「さすがにそんなおいしい話は無かったか。じゃあ、別の条件だ。俺がBランクのカード1枚を出す代わりにそっちにはスライム5体とCランクのカード2枚を要求したい。」


 俺はすかさず条件を変える。


「スライムにはこだわりがあるみたいだね。BランクのカードはコストでCランクのカード3枚分。その1枚分がどうしてスライム5体なんだい?」


 海の従者は慎重に考えながら質問する。


「君が言うように資源は有限だ。その中でも生成コストはこの序盤では特に価値が高い。それを1000削減できるならスライム5体は十分釣り合ってると思ったから要求しただけだ。」

「マスター、わたしはこのトレード悪くは無いと思ってるけど判断は任せるよ。」


 少し考えてから従者は主人に判断をゆだねる。


「レヴィがそう言うなら問題ないのね。わかったわ。それでお願い。」


 こうして俺たちの初めてのトレードは成立した。




「君がなんで従者を連れてきたかわかったよ。いや、付いてきたが正解かな?」


 トレードの申請と受諾を行い、トレードが正式に完了したのを確認してから俺は切り出した。


「まあ、さすがにバレるよね。というか創のマスター、わたしたちを試すために最初の要求ふっかけたでしょ。」


 従者は抗議するように言う。


「いきなりBのカードを要求されたら狙いが気になるもんだ。君たちの関係がわかったのは偶然だよ。」


 自己紹介終了からの時間からして海のマスターにとっても俺が最初のトレード相手なのは間違いなかった。そして、その相手がダンジョンの準エースになりうるAランクのカードより先にBランクのカードを要求した時点で方針の可能性は2つ。何か欲しい魔物が俺と交換することで手に入るカードから出てくると踏んでいるのかAランクの魔物を使わずにBランク以下の魔物だけでシーズンを開幕させるつもりかだ。


「ちょっとレヴィ、2人で話を先に進めないで。私にも説明して。」


 話の主体が完全に従者に奪われた海のマスターが従者に抗議する。


「まあ、俺から説明するよ。たぶん君は話に乗せられやすいタイプでそれを君の従者はそれを心配して付いてきたんじゃないかい?」


 そう言われた海のマスターは目を丸くして頷く。


「すごい。なんでわかったの?あんたもしかしてエスパー?」


「なんでも何もコロッとだまされてぼったくられかけたマスターをわたしがフォローしたからだよ。」


 従者はため息を吐きながら言う。


「まあ、そういうことでうちはBランクが主体だからAランクの魔物は他を当たってね。」


 従者は俺に向かって言う。


「俺もAランクを集める気は無いんだ。そういう意味で最初のトレード相手が君で良かったよ。また、よろしく頼むよ。」


こうして最初のトレードは終わった。

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