6.悪役令嬢は王子に出会う
「わぁ…」
アナスタシアにとって久しぶりの王宮は記憶よりもずっと豪華で鮮やかだった。
首を真上にしないと見えない天井はまるでコバルトブルーの夜空が広がっているかのように描かれ、壁一面は聖人達の絵が色鮮やかに描かれている。窓にはめられたステンドグラスから入る光が乱反射し金銀に光る柱が光り輝いていた。
「アナスタシア」
踏み込んだまま一歩も動かないアナスタシアにセフィロスは咎めるように名前を呼んだ。
「はい、お父様」
淑女らしからぬ姿を見せていた事を恥じ、名残惜しみながら前をむくと、セフィロスはすでに歩き始めていた。
置いていかれまいと背筋を伸ばして足首まである長いドレスを足捌きながら足音を立てずにアナスタシアは長い廊下を進んだ。
騎士が二人、微動だにせず待ち構える扉の前でセフィロスは男官と短いやり取りをしてアナスタシアをそばに呼んだ。
重そうな金の扉が開く。
赤い絨毯を進むと三段上には王座が2つ並んであった。
「ロハリス陛下、ヴィアルトス王子殿下のおこしでごさいます」
男官の声に続いて正面の扉が開く音がする。
セフィロスは膝をおり、首を垂れた。アナスタシアもすぐさまそれに習う。
「表をあげよ」
威厳を隠しきれない伸びやかな声が頭上から聞こえて、アナスタシアは顔を上げた。
その瞬間、目の前に立っていた青年にアナスタシアは目を奪われた。
天井から入る光によって光り輝く金色の髪は一房に結われて肩を彩っていた。
森を閉じ込めたような深い緑を秘めた瞳は長いまつ毛に覆われて、瞬きするたびに光を反射させている。浮かべる微笑みは聖母のように神秘的な印象を抱かせるのに魅力的でアナスタシアは不躾だとわかっていながら目を離せないでいた。
…やっぱり何度見てもこの顔は好みだわ。
死に際で見た印象深い瞳がまたアナスタシアを映すなんとも言えない不思議な気持ちを抱く。
「久しいなセフィロス。してそちらが…」
「はい。陛下のご推察通り、我がヴィンターバルト公爵が娘、アナスタシアでございます」
「アナスタシア・ヴィンターバルトが陛下にご挨拶申し上げます」
王と父の会話がするするとこぼれ落ちていく感覚の中から覚醒したアナスタシアは意識をしないままカーテーシーをして挨拶をこなしていた。
短いやり取りをして、笑い合うと、ロハリスは優しい瞳をアナスタシアとヴィアルトスに向けた。
「私は公爵と話をする。王子はアナスタシア嬢と散歩でもしてくるといい」
陛下の言葉にヴィアルトスは短く返事をしてアナスタシアに笑みを浮かべてみせた。
「アナスタシア嬢、いこう」
差し出された白手袋越しでもわかる美しい手にアナスタシアは誘われるように自分の手を重ねる。
重ねてから、震えが止まらない手を恥じて取り戻そうと手を引くと、そっと握られてアナスタシアは瞠目した。
「大丈夫、私もすこし緊張している」
エスコートするために側にきたヴィアルトスがアナスタシアの耳元でそっと告げる。
今までこんな風に接される事がなかった行動をするヴィアルトスを凝視してしまうアナスタシア。
その視線を受けてヴィアルトスは困ったようにはにかんで微笑んで見せた。
そうしてアナスタシアはヴィアルトスに急降下で落ちた。
それはそれは見事な恋への落ち方だった。
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