5.悪役令嬢は大切なことを思い出す

「一体何をなさるつもりだったんですか?」

アナスタシアの手から高枝バサミを奪い取って彼はアナスタシアに問いかけた。

ツェレは高枝バサミを押し付けられて慌て両手で抱きしめている。


眼鏡をかけて、長い髪を後ろで一つに結んでいる彼はアナスタシアには見覚えのない男だった。


こんな人今まで居たことあったかしら?


ツェレと会話をしたのはアナスタシアにとって今回が初めてだったが、見覚えはあった。


けれど、今目の前でメガネの奥の眼を光らせる男は一度見たら忘れられないほど整った顔をしているのに、記憶にはないと断言できるほど見たことのない人だった。


「刃の鋭さを確認していただけですわ」


「首に当ててですか?」


「私を助けた拍子に歪んでいるかも知れないからよく見ようとしましたの」


苦しい言い訳とは思ったが、アナスタシアは言葉を重ねた。


「それよりも本は大丈夫ですの?」


刃に噛ませるように差し入れられた本は随分古い物だったと思い出したアナスタシアは話題を変えることにした。


「ああ、中身に問題はないようです。背表紙が少し切れているだけなので、お気になさらず」


彼は答えると、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。


「ご当主はどちらに?」


「今日は書斎か、執務室にいらっしゃるかと」


アナスタシアは父の予定を思い出しながら答えた。

朝の食事時にはメアリーは父が出かけるとは言っていなかったはずだ。


「そうですか、では私はこれで」


彼はそう言ってアナスタシア達を置いて屋敷の中へと入って行った。


「誰だったのかしら?」


「胸に王家の紋が入った記章をつけておられたので、王家の使いだと思いますが」


ツェレがアナスタシアの問いに答えた。


「王家の紋…なにか大事な事を忘れている気がするわ」


アナスタシアは腕を組んで忘れた事を思い出そうと考えはじめた。

今日はループが始まって1日目の3月17日。

つまり、私が入学する学園が始まるまでまだ2週間も日がある。

…入学式?


ハッと、アナスタシアの頭にひとつの回答が光った。


「明日は王子と所見する日じゃない!!」


恐らく先ほどの彼は明日の予定について言付けを持ってきた王付きの男官に違いない。


私を何度も死に追いやった犯人でもある王子と会う日を忘れていたなんて!


アナスタシアは今日1日の中で1番の絶望感に打ちひしがれていたが、やがて帰ってきたらメアリーに促されて部屋に戻った。


…会いたくない。

アナスタシアは、絶望感に包まれながら長い夜を過ごす事になった。

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