4.悪役令嬢は高枝バサミを奪う

「あの…」

アナスタシアは、自分の下にひかれる事になった男から飛び退くと正座をして頭を下げた。


ジャパニーズ陳謝、いわゆる土下座である。

「ごめんなさい!」


頭を下げるアナスタシアに対して男は慌てて起き上がるとアナスタシアの奇行を止めた。


「突然降ってこられたのでびっくりしました、何か欲しいものでもあったのですか?」


そう問われてアナスタシアは口ごもる。

欲しかったのではなくて捨てたかったんです。命を。

そんな事を言おうもんなら医者を連れてこられて…げふんげふん。

正直に答えられるわけもなく、アナスタシアは誤魔化すように自殺を邪魔立てした男の正体を尋ねる事にした。


「すこし、足を滑らせてしまって…所で貴方は何故私を助けてくださったのですか?」


アナスタシアの問いに男は律儀に答えてくれた。


「私はここの庭師をしているツェレといいます。今日は枝を落として回っていて、その時お嬢様が窓によじ登っているのを見ていました」


意外と高い窓枠にぷるぷるしながら登っていたのを見られていたというの?!


…死にたいっ!


アナスタシアは羞恥のあまり頬を染めて頭を抱えた。

ジーザス、と今にも言い出しそうな勢いで穴があるなら今すぐにも埋めてしまって欲しそうだ。


「そ、そう。それでツェレが落ちた私を助けてくれたのね」


今更取り繕ったすまし顔でアナスタシアはツェレの言葉の続きを受け取った。


「はい、物語のようにいかないものですね。お嬢様を受け止めたつもりが…」


頭をかくツェレは細い筋肉に覆われているものの、人を抱えられるくらいの筋肉がついているようには見えなかった。


「そうね、ごめんなさい。怪我はないかしら?」

アナスタシアはツェレの身体を視線でたどり、汚れてはいるが怪我がなさそうな様子に息を吐いた。


「はい、お嬢様がご無事でよかったです」


ツェレの言葉にアナスタシアは視線を逸らした。

そしていい物を見つけた。


「これは?」

ツェレのそばに落ちていた高枝バサミを手にしてアナスタシアはツェレへ問いかける。


「それは私のハサミです。枝を切るのに使っていたものですね」


「そう」


アナスタシアは高枝バサミを限界まで開くと、刃の鋭さを検分する。


これはイケるわ。


シャキンの音で首を落とせる。

確信したアナスタシアは首に当ててそっと目を閉じた。


「そんな風に使う物じゃありませんよ」


勢いよくハサミを閉じようと力を加えた時、アナスタシアの頭上から新たな声が聞こえ、ハサミの間に本が差し込まれた。


…また、邪魔されるなんてっ!!


早く死にたいアナスタシアは今度も死ねずに呆然としていた。


いつになれば楽になれるのかしら。

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