3.悪役令嬢は窓から飛び降りる

「お嬢様本日はいかがなされますか?」

朝食の後、メアリーによって再度、身支度を整えられたアナスタシアは問われてしばしば考え込んだ。


メアリーにはなぜかずっと疑うような眼差しで見られている。

特に朝食を運んできたときから、品定めするような、なにか得体の知れない物をみるような視線をアナスタシアはずっとメアリーから感じていた。

…私はメアリーに嫌われているのかしら?

もしそうなら今すぐ命を絶つ事を考えなければならないわ。


これ以上アナスタシアのためにメアリーが嫌な気持ちを抱いたまま働かせるのはもう何十回と繰り返したループの事もあって申し訳なく思っていた所だった。

嫌われていると知って尚生きる気もさらさらなくなったアナスタシアは、優秀なメアリーならすぐに素晴らしい主が見つかるはずだと勝手に結論づけた。

どうせなら死んでまでメアリーに迷惑が掛からないようにだけ注意をしなければと、アナスタシアはあたりを見渡して、今すぐ死ぬ為の道具を探そうとした。


同じ死であっても長く苦しんだり痛みを感じ続けたくはないと思っていたアナスタシアは自室を注意深く見渡していた。


まず目についたのはベッドだった。

部屋の中の家具で一番大きなベッドはクイーンサイズで天蓋がついていた。

天蓋を使えば首を吊る事は出来そうね。

薄いとはいえ布が吊り下げられている天井がアナスタシアひとりの体重で落ちてくるとは思えない。

これよ、と思い立ったもののアナスタシアは天蓋をひとりでまとめて輪に出来そうにない位置にある天蓋の中心を見上げた。

…どうみても3mはあるわよね?

どうやって輪にすることが出来るというのかわからず、アナスタシアは天蓋で首吊りすることは諦めて次に目をやった。


キャビネット、クローゼット、3面鏡がついたドレッサーへと次々に目を向けてアナスタシアは化粧道具に目を止めた。


ポリッシュ…それはアナスタシアの過去を狂わせたアイテムだった。

あれは匂いだけだと高揚感が増す代物だけど命に関わるほど吸えば死ねたわね。

大量に吸引しようとしても、呼吸麻痺がせいぜいで命に関わるレベルまでひとりで吸引出来る保証はなかった。

いつのループだったかもはや定かではないが、シンナーを飲んだことで苦しんで死ぬ事になった記憶がアナスタシアの頭をよぎる。


あれはいつだったか。

どこかのパーティーで支給係に渡されたお酒に混ぜられたシンナーをアナスタシアは口にしたことがあった。

それまで偉そうに会話していたアナスタシアを襲ったのは口の中から食道、胃にかけての灼熱感だった。

流石に火を直接飲んだことはないものの、火を流し込まれたのかとさえ感じた痛みにアナスタシアはのたうちまわった。

その後すぐに吐き気が襲ってきて、パーティー会場のど真ん中でアナスタシアは嘔吐を繰り返した。

ドレスも髪も吐しゃ物で汚したアナスタシアは支給係を非難してこのパーティーの主催者に暴言を吐きながら気を失った。


すぐさま自宅で休む事になったが、アナスタシアはそれからシンナー中毒となって、狂ったようにシンナーを求め夜を彷徨う事になった。

最後には身体を売ってまでシンナーを求めたアナスタシアは、客のひとりに首を絞められ死んだ自分を思い出すと身震いした。


あれは2度と経験したくない。

アナスタシアは恐ろしい過去を頭から追い出すと、やはり、と窓を見つめた。

今すぐ実行できそうなのは窓しかない。

2階であるだけでなく、下には生垣があるが、頭から落ちれば高さなど関係なく死ねる気がしてアナスタシアは決行することを決めた。


「メアリー、レンダー社のお茶が飲みたくなったわ。街に売っているアップルのドライフルーツを使った茶葉を買ってきてくれる?」


まずはメアリーに邪魔されないようにと、アナスタシアは人払いという名のお使いをメアリーに頼んだ。

レンダー社のアップルティーは最近人気の茶葉で、まだ手に入れていない事を知っていたアナスタシアは初めてループを繰り返している事に感謝した。

ループしていなければ自分の家の紅茶の種類など把握できていなかったはずだ。


「わかりました」

メアリーは、『またこのお嬢様のわがままが始まったのか』とすんなり受け入れて疑う事なく部屋を出て行った。

扉が閉まってすぐアナスタシアは扉に耳を当てて廊下のやり取りを聞こうと身体を貼りつかせた。

お嬢様らしからぬはしたない盗み聞きをする格好は、メアリーがもしもこの状態のアナスタシアを見たら卒倒していたに違いない。

細々とメアリーと別の侍女とのやり取りを聞きながらアナスタシアは細く笑った。


アナスタシアが頼んだレンダー社の店は公爵邸からはすこし離れた場所にある。

往復で1時間はかかる距離をあえてアナスタシアが選んだとはしらず、メアリーは出来るだけ急いで馬車を用意して、使いに出ることを伝える声が扉越しに聞こえた。


…よし、計画通りね!

アナスタシアはひとり悪い顔をして次は窓に忍び寄った。


今すぐ窓から飛び降りては怪しまれてしまうと思い、アナスタシアは窓辺からメアリーが馬車に乗り込むのをしっかりと確認してから時計に目をやった。

馬車が動き出して見えなくなって10分ほど経ってから、アナスタシアは音をたてないように気を付けながら窓を開けた。


何の勝算もないが、やるしかない。

覗き込むように下を見ると意外と高さがあり、頭がくらりと揺れた。


この高さならすぐに死ぬ気がするわ!


意気揚々と片手で窓縁を掴み、片足をかけてよじ登って、アナスタシアは両足で窓縁の上に立った。

ごくり、生唾を飲み込んでから、アナスタシアは身体を支える手を離して頭から窓の外に身体を投げ出した。



「うわあああああ!?」


大声と共にアナスタシアは地面とは違う柔らかなものにぶつかった。

目を閉じていたアナスタシアが恐る恐る目を開けると、自分の下に伸びる人影に首を傾げた。


…見たことがない人だけど一体誰かしら?

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