7.悪役令嬢は混乱する
ヴィアルトスに腕を取られたまま、アナスタシアは王宮から内庭に案内された。
「アナスタシア嬢は王宮に来たことは?」
道すがらヴィアルトスに問われてアナスタシアは縦に振りそうになった首を横に振った。
まさか今までループしてもう何十回も王宮に来ていますなどとは口が裂けても言えない。
「初めてですわ殿下。父からはよく話を聞いておりましたが想像よりずっと素晴らしい所で驚きました。」
アナスタシアはにっこり笑ってヴィアルトスを見上げた。
頭ひとつ大きいヴィアルトスはアナスタシアに顔を向けて同じように笑ってみせる。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。私もまだ慣れないくらい派手ではあるが、長らくこの国が栄えている証拠でもある。そう考えるとこの場所も誇らしい物に感じて毎日、身の引き締まる思いをしているんだ。」
ヴィアルトスはそう言ってアナスタシアの反応を伺うようにちらりとアナスタシアを見てからまた前を向いて歩き出した。
その様子に、今までこんなに饒舌に会話をした覚えがないアナスタシアはヴィアルトスが何を企んでいるのか深く考え込んだ。
一体何の罠かしら?
今までなら2人きりにされる事もなければ、手を取られる事もなかったはずだわ。
王子は忙しい公務の合間に私との挨拶の時間をとってくれていたけれど、急な呼び出しに対応してこの場はすぐにお開きとなったはずよね。
今にも唸り出しそうになりながら、アナスタシアはヴィアルトスの前を見て欲しいとの声に慌て前を向いた。
眩しいくらいに光が差し込む扉に目を凝らすと、そこには感嘆するほど美しい光景が広がっていた。
「アナスタシア嬢にはじめて見せるかな」
一歩、先に進むヴィアルトスに手を引かれてアナスタシアは外に出た。
季節の花が咲き乱れるそこには一本の大きな木が生えていた。
見た事もない大木と、花のコントラストが森の秘密の花園のようで、アナスタシアは感動に胸を震えさせた。
「ここはお婆様が私に残してくれた場所なんだ」
備え付けられたテーブルセットにアナスタシアをエスコートしながらヴィアルトスは懐かしそうに内庭を見渡した。
花は控えめな物から薔薇と言った物も使われていて全ての花が調和を持って咲き誇る内庭はアナスタシアにも癒しを与えてくれる。
穏やかな時間が流れて、メイドが持ってきたティーセットから香る紅茶の香りにアナスタシアとヴィアルトスはお互いに顔を見合わせて微笑みあった。
今まで見た事もない内庭と饒舌なヴィアルトスに戸惑うアナスタシアに対して友好的な視線のヴィアルトスにアナスタシアは困惑しながら、用意された紅茶に口をつける。
「ラベンダーの香りがするわ」
アナスタシアは素直に驚いて独り言を呟いた。
ハーブティーが用意されているとは思いもしなかった。
「ここで育ったハーブは特に香りが良くてね、アナスタシア嬢にも飲んで欲しかったんだ」
紅茶はアナスタシアが以前から好んでいたものだったが、毒を仕込まれて死んでから段々と苦手になった飲み物だった。
口にするのに勇気が要ると言った方が正しいのかもしれない。
そんな緊張したアナスタシアを癒す香りをヴィアルトスが用意したという。
アナスタシアは何故ヴィアルトスがこんなに友好的に接してくるのかますます混乱する事になった。
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