15.初夏の味

「美味しかったです」

コップを小さい手に返して、珠里は笑顔を浮かべた。

ジュースなど殆ど口にしたことがなかった珠里は透明で水のような見た目をしたものが、香りとほのかな甘みを持っていてとてもびっくりしたと、言葉を続けた。


「初夏の味がしただろう?」

珠里の言葉を大人しく聞いていた聖蘭はそう言って穏やかに笑った。


「はい!」


元気な声をあげて珠里は頷いた。

気に入った所ではないと、全身で語っているような態度だ。


「気に入ったならよかった、私もいっとう気に入っている」

そう言って聖蘭は珠里はが使ったコップを棚に置く。


「初めての感覚ですが、喉を氷が通ったみたいで、甘くて少し酸っぱい味がしました」

あんなに美味しいものが、あるなんてと、感動しきりの珠里に聖蘭はどこか誇らしげに告げた。


「全て庭で摘んだものだ」

それはそれは可愛く威張るのもだから、珠里は心臓がきゅうと締め付けられる可愛さに胸を押さえた。


「ゔっ…」

珠里の喉からカエルが潰れたような声がこぼれた。


「……?」

珠里から発せられたのかと疑うような驚きの混じった金の瞳にまじまじと見つめられた。

珠里はその目から逃げるようにしてうつくむくと、

『今のはお前の鳴き声か?』と口端だけで笑って揶揄ってくるその顔には何処か真剣さが含まれていた。


むっと、唇を子供のように突き出せば、顔を覗いてくるものだから、珠里は慌てて距離をとった。

美少女のドアップは今の珠里にとって致死量になりかねない。


聖蘭せいらん様!」

和やかな空気を切り捨てるような切羽詰まった声が突然響いた。


珠里は聖蘭の髪に伸ばしていた手を慌て背中に隠したところでポツリとした響きが落ちた。


「うるさい奴が来た」

聖蘭が怠そうに珠里から離れる。


彼が離れてくれて突き刺さる視線が若干緩和された。

珠里はやっと息ができたような気持ちになって自然とつめていた息をはいた。


視線の先に誰が居るのか確かめたいが、好奇心よりも視線が怖い。

目があったらパクリと食べられてしまうんじゃないかと思う。


「虎徹、話が進まん。奏雷を呼んでくれ」

「しかし」

「口答えを許した覚えはない」

ピシャリと、珠里まで凍りつく底冷えした声が強引に虎徹を追いやる。

恐ろしいやり取りに珠里は寝台で小さくなって震えてしまっていた。


「貴方がトドメを刺してどうするんですか」

ずっと部屋の入り口で控えていた大きな男が聖蘭の声ですっかり動けなくなった珠里の近くに寄ってきた。

目を合わせた珠里が男の顔を見てまた身体をこわばらせる。


「こちらは聖蘭様、私は牙狼がろと申す。貴方の名は?」

牙狼は珠里に優しく問いかけた。

その声に珠里は少し身体から力を抜くと自分の名前を告げた。


「藤堂、……藤堂珠里です」

恐々と口を開いた珠里に牙狼は、ここに珠里が連れてこられた経緯を簡単に説明した。

無口で堅物そうな外見から想像できないほどの、朗らかさと笑い声に珠里はずいぶんと気が楽になっていた。


「白雪が鳴り、駆けつけたらお前は女郎蜘蛛という妖に喰われかけていた」

「女郎蜘蛛!?」

「覚えがないか?」

「足しか見えてなくて」

「襲われたのは何回目だ?」

「2回目です。1回目も助けてくれたんですよね?気を失った時は覚えてなかったんですけど、今は全部覚えてます」

「そうか」

「なんで急に?今までこんな事なかったのに」


「ふむ、人外はどれくらいから見えていた?」

「物事ついた時には見えてました」

「そんなに前からみえていたのか」


「貴方がここにいるのは聖蘭様のお考えで、身の安全を確保するためです。それで、」

そこまで言って、牙狼は一本踏み込んだ


「昨日の事をどこまで覚えておられますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

龍珠 ー呪われた龍神と贄の娘 甘糖むい @miu_mui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ