14.不思議な少年

「…っ」

「目覚めたか」


珠里がまぶたを開くのと、少年の声が聞こえたのはほぼ同時だった。

鈴をころん、と転がしたような音が聖蘭の声だと認識できなかった珠里はきょとんと、あどけない表情を浮かべていた。


「話せないほど具合が悪いのか?」

「え?」

寝台に身体を横たえたまま動かないでいる珠里を案じる声が、頭上から降ってくる。


「声は出るようだが…、」

先ほどの問いに反射的な疑問だけを返した珠里を聖蘭は難しい顔で検分するようにじっとみつめる。

顔同士が触れ合いそうなほど近くに寄られると、聖蘭の衣に焚き込まれていたらしい香の香りが珠里の鼻をくすぐった。

あんまりそっち方面は詳しくない珠里でもわかる高級な重厚感溢れる心地よい香り。


珠里の寝乱れてまろびでている額に聖蘭の小さな手が伸びる。

子供の手にしては珠里より随分低い温度。

心地のいい冷たさに、珠里は無意識に止めていた息を吐いた。



「熱はないようだな」

「熱…?」


ゆらゆら夢心地のまま珠里は思考を巡らせて一拍。

珠里は突然上半身を勢いよくあげた。


くらり、と目が回るのは勢いが良すぎたせいか。

気持ちの悪さからか。

布団に再び沈み込んだ珠里を諌めるように前髪を聖蘭はすいた。彼は珠里の突然の奇行に一旦は距離をとったが、またすぐに戻って来た。今は面白い物でも見つけたように口元に薄く笑みを作って珠里の長い髪を自分の指にくるくると巻き付けて遊んでいた。


「落ち着け、そそっかしいなお前は」

「…うう、すみません」

随分と大人びた口調の物言いをする聖蘭の顔にはさまざまと呆れた表情が浮かんでいる。


……うう、すごい恥ずかしい。 


眉をへにょりと下げて掛け布団を引き寄せた珠里は、目に見えて恥ずかしかってみせる。頬を赤く染めているのに眉は下がり、落ち込んでもみせるのだからなんとも器用な表情を浮かべていた。


「元気がでたならなによりだ」


すっかり掛け布団に隠れてしまった珠里を聖蘭はひっぱりだそうと、揶揄うような言葉と共に珠里の首元を2度叩いた。

幼い子供を相手にしたような態度だ。

なんとなく聖蘭の手のひらでうまく転がされている気がして珠里は目の前の子供をじっと観察するように見つめた。


白地に白緑色の鶯の見事な刺繍が入った長袍に濃紺一色の紗に銀糸で梅の花の刺繍がほどこされた留袖を肩羽織する粹な着こなしは10代とは思えないほど貫禄があり、どこから浮世離れしてみえた。


「そんなに見られると穴が開きそうだ」


そう言って照れくさそうに笑って言われ、何も言えず珠里はそろっと視線を外した。


浮世離れした造形の顔といい、服装といい、ただの子供とは思えないほど謎に包まれた聖蘭。

ちらりと、珠里が目線を向けると、すぐに気づいた聖蘭は不思議そうに首を傾げて珠里を気遣ってくれる。


「喉が渇いただろう、身体は起こせそうか?」

「はい」

「これに」

言葉と共に左手が差し出されて促されるまま珠里は手を重ねた。

それからぐっと、予想よりもずっと強い力で抱き寄せられ、背中を支えられていた。

珠里が自分だけの力で座れる事を確認した聖蘭は、水差しから注いだガラスコップを珠里に渡した。

カラン、と氷が美味そうな音を立てる。


「いただきます」

一言断ってから、珠里は中身を煽った。

胃に水が通ってきてようやっと、珠里は自分が思っていたよりずいぶんと喉が渇いていた事に気がついた。一気に飲み干して息をつくと鼻腔を抜ける爽やかな香りがする。


「まだあるぞ」

「っ…いいんですか!」

手からのコップが取り上げられ、名残惜しげに目で追う珠里を見ていた聖蘭はくつくつと、笑いながらおかわりを渡してやった。

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