9.消えない呪い
本来なら感じることの叶わない気を感じて、従者2人は慌て門戸へ向かった。
「―――そのお姿は、一体!?」
「……っ!!」
一足早く駆けつけた牙狼と絶句する虎徹。
「あなや、あなや。なに、俺が1番驚いたぞ!」
2人の驚いた顔がよほどおかしかったらしく、一部を見ていて事情を知る、落雁は子供のように手を打った。
黙っていれば儚い青年然とした美貌の年だけ食ったこの男は口を開くと一気に残念な雰囲気を纏い、悪戯いたずらに命をかける変人と化す。
「その娘は?」
このままでは埒が明かないと、無理やり話を推し進めることにした牙狼は冷静だった。
「わからん。が、この娘に触れた途端――呪いが解かれた」
主にあるまじき的を得ない回答は、1番困惑しているのはもしかしたらこの方なのではと、牙狼に思わせるだけの力を秘めていた。
「奏雷はどこにいる?」
「月の間にいらっしゃるかと」
「草の間に娘を運ぶ。今直ぐ呼び戻せ」
「御意、御前失礼いたします」
奏雷を呼びに虎徹が急足で屋敷へと引き返す。
「罠ではありませんか?」
「知らん」
主に横抱きで抱えられている娘は都心にある制服を着ていた。服越しでもわかる、細身の身体。
どこからどう見てもなんの力もなさそうな小娘である。
若さを感じさせる化粧気のない瑞々しさを感じる頬には赤い筋から血が滲む。頬に視線を向けた牙狼に、今気がついたらとばかりに主は癒しの梵字を唱えた。
――淡い光が頬の傷に染み込んで傷と共に消える。
「とにかく、中へ運びましょう。話はそれからです」
娘を受け取らんと主に手を差し伸べるが、彼はその手を無視して足癖悪く襖を開けた。
「俺が運ぶ」
「御意」
これは何を言っても聞いてくれなさそうだと、牙狼は得体の知れない娘を荷物のように持ち運ぶ主の先にある襖を開けようとして、ふと我に帰る。
元に戻った主ならば、手伝いなど不要だということに。
ちらりと跪いた姿勢で頭を下げる牙狼を主が一瞥する。誰も触れていない襖が開き、牙狼を残して主は突き進む。
「お前にはいつも感謝している」
そんな優しさに溢れた言葉を残して。
何もない空間に添えた手をそのままに後から来た落雁に名を呼ばれるまで、彼は同じ姿勢のまま呆けていた。
手を貸すことになんの違和感も抱かないほど慣れてしまうほど過ごした時の長さと己れの不甲斐なさに絶望していたのだ。
「原因はなんであれ元に戻ったわけだ」
ぽんと、傷ひとつない温度の低い手が牙狼に乗る。
慰めの言葉の代わりだろうか。
飴玉を転がした笑い声をあげて、落雁は自分よりも二回りは大きい牙狼の肘を掴む。
その腕の何処から出したのかと疑問に思うほど強い力で牙狼は無理矢理に立たせられた。
「時間が惜しい」
幼子の手をとるように牙狼の肘を掴んだまま落雁は主が開けっぱなしにした襖をいくつか通り抜ける。
2人がたどり着いた時には、娘は寝台に寝かされ、
主人はむっつりと黙り込んだまま寝台の側に腰掛けている。
「落雁」
「御意」
名前を呼ばれただけで落雁は主の機敏を察したらしかった。
片翼だけ出現させ自分の真白の羽を抜く。娘の頬に残る血を羽に擦りつけると美しい羽に赤錆色が混じる。親指を歯で噛み切り、変幻の梵字を羽根に書き込む。一息かけると、瞬きのうちにそれは白い小鳥と成った。
「しばらくの間成り代わって娘の代わりを務めろ」
言い終えてすぐ、丸窓を開けて小鳥を放つ。
「これはまた面白い事になったもんだね!!」
鳥が消えたのが先か、声の主が現れたのが先か。
「遅いぞ」
「いやいや、これでも走ってきたよ! それよりどういう事なの!?僕も居合わせたかった…あんなに手伝わせておいて酷くない!?」
目元を隠している癖に表情をコロコロ変えながら男が寝台に座る龍蒼りゅうそうに詰め寄る。
「ねぇ、龍蒼。」
龍蒼の衣服を勝手に乱す手がとまる。
顕になった均等に筋肉の乗った上半身の左胸。
皆が一点に見つめる場所に居座る呪いの紋様は幼い姿の時よりは範囲が狭くなったとはいえ、初めからそこにあったように心臓をぐるりと囲む蛇の形で残っていた。
「君の呪いはまだ消えて居ないようだけど?」
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