10.ふりだし
「……
虎徹はこれ以上は不要と言わんばかりに、未だにベタベタと龍蒼の体を触りまくっている男の手を大切な主から引き剥がす。
それから随分と乱れた衣を手早く整えた。
風邪を神が引くとは思えないが、万が一の事もある。
手は打たないよりいいと、龍蒼の剥き出しの肩に衣を引っ掛けることも忘れない。
ついでとばかりに主の髪を幻影させた櫛で丁寧に何度も梳き、うなじで一つに結える。
絹紐が手元になかったので主には悪いがないよりはマシだろうと自身の糸で簡易な紐を編んだが、急拵えとはいえ神々しいまでの気を放つ主にほぅ、と息が漏れでた。
先ほどまでの残散とした髪型も男らしくて良いが、やはり整えてこそ我が主は一層美しい。と、気持ち悪い事を考えながら。
サラサラと先ほどより艶を増した髪をゆらして龍蒼は梵字をを宙に描く。
指の動きがそのまま、淡く光る文字となってふわふわと宙に浮かぶ。
龍蒼は一息かけてから梵字を手で払った。
煙のように消えた字の代わりに、小さい白龍があらわれる。
ふよふよ漂っているかと思えば、召喚者の龍蒼へと懐いたペットのように絡みつき、居心地の良い場所を見つけたと言わんばかりに首元に収まった。
「気は使えるようだ」
懐いた龍を撫でてやりながら、龍蒼は彼方此方と検分する奏雷の梵字を鬱陶しげにみやった。
「あーうん、身体はまったく元通り。呪いだけが解かれないまま居座ってるみたいだ」
面白がる事もなく、真剣な眼差しで奏雷そうらいは友でもあり主でもある龍蒼を粗方検分し終わると、未だに眠り続ける娘に目をつけた。
「この子を少し調べてもいいかい?」
「頼む」
眠る彼女は服越しでもわかるほど痩せている。華奢と言えば聞こえがいいが、明らかに栄養が足りていない状態の不健康に毛が生えた程度の身体。
おそらく平均には遠く及ばない身長体重の数値が奏雷が描いた梵字の後に表示される。
152cm/37kg。身長は兎も角、小学生レベルの体重である事は人でない彼らにでもわかった。
眠る顔は穏やかで、これといった特徴のない典型的な一般人の顔をしている。
顔にかかる黒髪はストレートで、ひとつに結ばれているが、あまり艶がない。
特徴のない中でも強いて言えばパーツが全てこじんまりとしているものの、よくよく見るとまつ毛は影を作るほど長さもあり、鼻は意外と高い。あまり手入れがされていない肌も白く、吹き出物は見当たらない。唇は多少ひび割れて乾燥しているが良い色をしていた。
『こりゃあ、ちょっと色を塗るだけで見事に化けるんじゃないか?』とは気がつけば奏雷の向かいで同じように覗き込んでいた落雁の言葉だ。
_______
自分の髪を指に絡ませながら奏雷は次々と梵字を試すが、大した成果も得られない。
調べれば調べるほど凡人の女子高生という回答にしか行き着かないのだ。
彼女が龍蒼に何をしたのか、全く見当もつかない。それゆえに奏雷の考える時の癖にもなっている髪ちねりが止まらない。
「これ以上は無駄だな」
煮詰まった事を察して龍蒼は難しい顔で考え込む家臣を見渡した。
今は神である己は眠る必要は特にないが、休息は必要である。
この姿になった今こそ出来る、結界の強化でもするかと新たにマントラを唱え始めた矢先。
「「「は?」」」
一瞬龍蒼の姿が揺らいだ後。
彼の場所に立っていたのは、仮初の人間となった子供の龍蒼の姿だった。
「まさかな」
龍蒼は独りごちた後、娘の寝台へと近づくと短い手を目一杯伸ばして掛け布団を掴む。
そして、娘の体にのしかかるようにして抱きついた。
「何故、今度は戻らん?」
眠る娘に抱きついたまま、龍蒼は拗ねたような声を出した。
ドラマによくある、目を覚さない姉を慕う弟が必死に抱きついているシーンに見えて牙狼はいけないとは思いつつもほっこりとした気分になったのは内緒である。
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