7.サツマイモの蜜煮

「お疲れ様でした!」

元気な声が退勤の挨拶をのべる。

バイト終わりの20時を15分過ぎた時の事だった。


走ってバイト先のお弁当屋さんについた珠里は遅刻した時間も働こうとしたが、普段から始業時間前から動いている事を理由に店長に止められた。

まだ中学生だった珠里が面接に来てもうすぐ1年。

珠里が遅刻する度に起こる、働く気満々の珠里と定時で上がらせたい店長の攻防を諌いさめたのは意外にも常連のおじさんの一言だった。

『僕もお腹が減ってるんだ』とはにかみながら笑って。


_______


店長と同時に謝罪を述べて注文の品に取り掛かろうとした珠里を調理係のバイト仲間である松永が止める。そして代わりに待たされたのは、晩御飯がわりの余り物を大量に詰めた袋。


「こんないっぱいいいんですか?」

「店長が詰めろってうるさくて。俺もいっぱい余り物作りたい気分だったし」

松永は大学2年の先輩バイト。

店長とは長い付き合いらしく、言い回しも何処か彼女を真似て照れたように笑う。


「ありがとうごさいます!」

胸にまだ熱いくらいの袋をだいて珠里はバイト先を出た。

去り際に、「テスト期間中でも顔くらいみせな」

とは土日を挟んだ月曜から始まる中間テストでしばらくバイトを入れていない珠里に店長が言い放つ。


「パンパンに詰められた袋だけじゃ飢えないか心配なんだろうね」と、店先で見送りがてら出てきて珠里だけ聞こえるように囁いたのは松永だった。

イタズラを思いついた悪い顔をしている。

たった一週間の事なのに、店長と松永に会えない事を残念に思っていた珠里は仰け反るくらい驚いてから弾けんばかりの笑顔を見せ、調理をしている店長への愛を叫んだ。


「店長大好きぃ!」

「大声出すのはやめな!近所迷惑だよ!」

珠里の声より店長の声の方がずっと大きかったと後に松永は語る――


抱えた袋を覗くと1番上にはサツマイモの蜜煮が艶々と輝いていて珠里は笑みを浮かべる。

(…誕生日って嬉しいなぁ!)

テスト期間の2日目、火曜日。――5月20日。

珠里は16歳になる。


 母が亡くなり、自分の誕生日に無頓着だった一年ほど前。土曜の昼間に採用を初めて言い渡された面接の後、帰ろうとした珠里を引き止めて店長は、「アンタ今日が誕生日だろ」と、サツマイモの蜜煮を渡してくれた。

ケーキの代わりの甘い物として。

日持ちもするし、大丈夫だろうと珠里の事だけを考えて与えられた食べ物に珠里は泣いた。


急に無表情で泣く珠里に店長は息を詰めた。

身体の調子が悪いのかなど、様々聞いた後にそっと頭を撫でて豊満な身体で珠里のガリガリな身体を泣き止むまで抱きしめてくれた。


目を赤くした珠里に濡れたハンカチを差し出してくれたのはその日ちょうどバイトに入っていた松永だった。

大騒ぎをする二人を見守ってくれて居た松永は、店長がそそくさと裏口から出ていった時も何も言わず見送った。

下に3人妹が居るのだと言いながら松永は、目の腫れが引かずに涙がぶり返して蹲る珠里に暖かい紅茶を渡す。

そして、椅子に座らされて一息ついた珠里を置いて勝手に閉店準備をはじめてしまった。


驚いたのは珠里だ。22時まで空けているお弁当屋さんが突然閉店準備を始めてしまった事で珠里は顔を青くした。何かしてしまったのかと珠里がオロオロしている間に手早く作業を終わらせる。


「店長はもう帰ったしいいのいいの」

そう言って施錠とシャッターを下ろすと、珠里の暮らすボロアパートまで送り届けてくれた。

シフトが被った松永にあの日の事を聞くと、店長も松永も「あの日は昼で閉めると事前に決めていた」と片方は苦虫を噛み潰したような表情で、片方はニヤニヤを隠しきれない満面の笑みを浮かべた表情でという、真逆の表情で同じ事を言っていた。


_______


「うぉーし、テストでいい点数取るぞ!」

バイトに行けない間も食料難にはならなさそうな袋を抱えて、天に右手を振り翳かざす。


いい点数を取れたら店長はぶっきらぼうに褒めてくれるだろう。もしかしたら頭を撫でてくれるかもしれない。

足取りは軽く、珠里は妥当テストと目標を決めた。




――と。簪の先の青い石に一筋、亀裂が走る。

  ピキリと、小さく小さい音を立てて

  






『この物語は現代日本をモデルとしたフィクションです。未成年の就職に関する表現がありますが、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。』

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