6.夕暮れ
授業もつつがなくおわり、ホームルームも終わった夕暮れ時。
みんなが部活に行ってしまい、まばらにいた人も珠里と愛美以外居なくなった。
「先生に日誌渡してくるわ、藤堂は今日もバイトあるん?」
「うん、日直で遅くなる事は言ってるから、よかったら途中まで一緒しよ!」
板消し係として1日働いた後、明日の日付を書き込んだり、掃除をしたりと忙しい珠里は手を止めないまま愛美に答えた。
「あー…今日は無理や。ごめんな」
「んや大丈夫だよ! 私もすぐ終わるし日誌渡したら先に帰って」
残念な気持ちを笑顔に変えて、珠里は愛美を見送ろうと、手を振った。
詳しくは言ってなかったものの、実は急いで居たらしい愛美は名残惜しそうに別れの挨拶と共に廊下に消えていく。
「帰ろ」
愛美が出て行った扉から視線を外して片付けた後、珠里はスクールバックを肩に下げた。
靴箱までにある女子トイレで手を洗い、鏡で身だしなみを整える。
運動場から響く運動部の掛け声と、通り過ぎる教室から吹奏楽部の練習するメロディーが廊下に反響する。
(…いいなぁ)
いつもはあまり思わないのに、ちょっとだけ寂しい気持ちを抱く。
一人暮らしの珠里にとって部活は生きるのに不要なことだと入学してすぐに割り切った。
どんな部活に入るにせよお金がかかる。生きるためには働いて少しでもお金を貯めないといけなかった。
父親は母親の残したお金を全て奪っていったものの学費と僅かなお金は振り込んでくれている。その僅かなお金もほとんど日用品に消えてしまうので、珠里は大家さんの差し入れと給食とで中学までをすごした。
15になればバイトもできるようになって、やっと採用された学校と自宅の真ん中にあるお弁当屋さんは今では珠里の第二の実家みたいなものだ。
けれど。
時々無性に何の憂いもなく部活に参加するみんなが羨ましいと思ってしまう。
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珠里は世間から見れば貧しくて同情心を煽られるのかもしれないが、彼女は他人と比べて生きる事はしなかった。
下を見れば自分より大変な人は沢山いるし、上を見ても変わらない。
それよりも日々感謝をして毎日が楽しいと母に報告出来る些細な事を大切にしたかった。
『人と比べる必要はないの。珠里が居てくれるからお母さんは毎日が楽しくて嬉しい』
母は眠る前いつも珠里そう言って抱きしめてくれた。
珠里の誕生日ケーキを買いに行ったまま帰ってこなくなったあの日までは。
あの日も今みたいに夕焼けが綺麗だった。
がらんとした家で夕陽で赤く燃える部屋の中、――子機がずっと鳴り響いていた。
「藤堂さんのお宅ですか?今、麻里香さんが―――」
(…お母さん)
そっと、母がくれた髪飾りに触れる。
毎日髪を結んでからつけるソレは母が珠里に似合うからと譲ってくれた簪だった。蜻蛉玉と呼ばれるガラス玉の先にキラキラと青い石がチェーンで繋げられているシンプルなもの。
_______
「ぼーっとしてる場合じゃないや、バイト行かなきゃ!」
はっと、夢から冷めたように簪から手を離して珠里は廊下に佇んだままだったことに思い至る。
慌ててスマホを確認すると始業時間から30分も過ぎてしまっていて、珠里はバイト先まで全力で駆け出した。
忙しくしてる間は余計な事を考えなくてすむ。今日の晩御飯は何が食べれるだろうか。店長手作りのコロッケがあったらいいななんて考えながら珠里はスカートを翻しながら人混みを駆け抜けた。
夕陽に照らされて珠里の影が伸びる。
――どこまでもどこまでも。
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