4.消された記憶

窓から入り込んだ白い小鳥が虎徹の肩に止まる。

「ああ、探して下さってたんですね」

屋敷についてから見ないと思っていたら、先に彼女の家を探しに行っていたらしい。

落雁の使いから、虎徹は四つ折りにされていた小さな紙切れを受け取った。


小さな紙切れを虎徹が開くと、転送元を知らせる梵字が書かれていた。

何と準備のよいことか。

娘の家と運ぶ手間が省けて虎徹は感謝の意を込めて白い小鳥を指先でくすぐった。

紙切れを娘の上に乗せる。

虎徹の肩から小鳥が離れ、続いてその上に降り立った。


音もなく、彼女が消えた。


_______


珠里が寝入ってすぐ、聖蘭は部屋の隅で控えていた牙狼に目配せをした。


「彼女はどうしますか?」

牙狼が出て行ってすぐ部屋に入ってきた虎徹は入り口付近で止まったまま、戸惑った表情を浮かべて聖蘭に尋ねた。

顔にはまだいらっしゃったんですか。と面のせいで半分しか見えていないにも関わらず派手に感情を露わにしている虎徹に聖蘭は視線を向けただけだった。


「傷は深かったので?」

「いや、かすり傷程度だ。ただ気を喰われ過ぎたんだろう」

聖蘭はそう言い置いて虎徹に要件を告げようと口を開き、また沈黙した。視線が娘に向く。

虎徹も釣られてそちらを見れば、寝台に寝かされた娘は顔色も悪く死体のようだった。

白雪が鳴った先に居た娘と言われても虎徹にはなんの特徴もない年頃の娘にしか見えない。


何故連れ帰ったのか、この小さき主が何を考えているのか、虎徹には全く想像できなかった。

「一通り調べさせたが…元に返そうと思う」

まだ声変わりを終えていない柔い声に、虎徹が弾かれたように聖蘭を見た。

随分と迷ったのだろう、聖蘭は珍しく戸惑った瞳をしていた。


「後は頼んだ」

「御意」

「お前は何も言わんな」

それはなんと答えるべきか。

虎徹が答えに急していると、その脇を聖蘭が通り抜け部屋を後にした。

その背がいつもよりフラフラして頼りなく見えたのか、聖蘭のそばに大男が寄り添って廊下を歩くのを虎徹は見送った。


半日間、家臣の静止の声も無視して娘に付き添っていたのだから疲労も溜まっていることだろう。

小さな主の背中を心配そうな眼差しで見送ってから、虎徹は眠る彼女に向き直り寝台に近づいた。


指先で自分の真名を宙にかく。

最後の一文字を書き終わると、ふわりと浮いたままの白く輝く一本の糸が現れた。指先に糸を絡ませると器用に操り、娘全体を繭のように覆う。

気が二度と漏れないように丁寧に何重にも重ねて処置をしたら、後は野となれ山となれ。


この娘がどうなろうが虎徹には殊更どうでもよかった。


_______


「まさか返すとはなぁ」

ボロアパートの一室に敷かれている万年床に梵字を書いて落雁は、自分の髪を一本抜いた。

ふぅ、落雁が息を吹きかけると、髪は白い小鳥に変化する。


「こいつを虎徹に渡してくれるかい?」

梵字から梵字に同じ気を込める事で飛ぶことが出来る紙を小鳥に渡して落雁は部屋をもう一度検分する。


本当に何もない部屋だ。

6畳もない部屋に日常で必要な物だけが最低限あるだけ。

年頃の娘が住んでいるとはどうしても思えない。


そろそろ来る頃合いだろう、と虎徹が寝台に目を向けてると音もなく梵字を書いた敷布団に娘が現れた。


「無事に渡ったな」

そう言って落雁は玄関へ向かった。

鍵が本当に掛かるのか心配になるほどの建て付けのわるい扉に落雁は手をかけてそれから後ろに振り返る。




「再见」

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