第9話 一年が過ぎて

 シシルカの教えに従って慎ましやかに生き、結婚して一年が過ぎた。


 今日は私にとってとても重要な一日となる。


 その部屋に入る前に、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「本日は、陛下にお願いがあって参りました」


 執務室に入ると、アルテュールはいつもの蔑む視線で私を見た。


 この人と正面から向き合うのも、これで最後となる。


「貴様がこの俺に頼み事をするつもりか?立場を弁えろ」


「陛下にとっても悪い話ではないはずです」


「言ってみろ」


「私と離婚してください」


「離婚だと?」


 アルテュールは驚いたように見た。


 その言葉は意外だったようだ。


 私がいつまでも王妃の座にしがみつき、不毛な立場に居続けると本気で信じていたかのように。


「白い結婚のまま一年が過ぎると、離婚ができます。それは王家の結婚にも適応されます。どうぞ、陛下は自由の身となって、愛すべき人と一緒にお過ごしください」


「ほぅ?貴様が俺のために身を引くのか?殊勝な事だな」


「私と、公爵家は変わらず王家の力となりましょう。陛下が了承していただけるのなら、離婚の手続きは大聖堂で行いますがよろしいですか?」


「いいだろう」


「最後に一つだけ申し上げたい事がございます」


「なんだ」


 一度深呼吸をした。


 マヤがどのように思われているのか、この人はちゃんと考えたことがあるのだろうか。


「見たくないこと、知りたくないことから逃げないでください」


「貴様は何を言っているんだ。廃妃となった瞬間に処分されたくないのなら、さっさと立ち去れ」


 直接的に物事を言ったところで、また相手が激昂するだけ。


 学んだことを何一つ活かせないのでは意味がない。


「もっと視野を広く、それがマヤさんのためにもなります。マヤさんを守れるのは陛下だけなのですから…………貴方の幸せを願っています」


「うるさい。さっさと出て行け」


 アルテュールは迷惑そうな表情のままだった。


「では、次にお会いする時は、大聖堂でですね。陛下、今までありがとうございました」


 私の礼を尽くした言葉にも、最後まで疎ましげな態度を崩さずに、何も言葉を返してはくれなかった。


 これからわずか二日後に、私達の離婚は成立した。


 立ち会ってくださったのは、上級神官のギャバン様。


 私達の婚姻関係の解消は正当なものだと宣言して、一年と数日のアルテュールとの夫婦関係は終了した。


 一国の王と王妃の離婚にしては、類を見ないあっさりとしたものだった。


 何があっても離婚ができない国もあるから、私は幸せな方ではあった。


 お父様は、何も言わずに私のこの選択を見守ってくださっていた。


 感慨深いものはある。


 たった一年の結婚生活だったけど、それまでの11年は随分と長かったのかもしれない。


 11年間の時間があれば、自分は何をしていたのか。


 きっと、今とさほど変わらないように思える。


 私は私であって、シシルカの教えを忠実に守って生きていたはずだ。


 博愛は理解していても、恋という恋を知らずに、きっとお父様の勧めるがままに別の人と結婚していたはずだ。


 灰色のドレスを着てベールを被った私が大聖堂から出てきた姿は、国民にはどのように映っていたのか。


 国王夫妻の離婚は、今後、予想通りに国民の関心を多く集める事となった。


 私がアルテュールと離婚した翌日。


 国王夫妻の離婚は大々的に新聞で報じられることとなった。






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