第8話 国と国教
私が王妃となったホルト王国には、国教がある。
古くからの教えは国境を接した隣国、リカル公国で生まれ、公国自体を聖地とするシシルカ教だ。
シシルカ教はリカル公国にのみ生息する白い鹿を神の遣いと崇めており、とても大切にしている。
でも、シシルカを信仰していない少数派の国からしてみれば、白鹿の革は貴重で、高級品として人気があった。
シシルカ教を信仰している多くの国からみれば野蛮な行為で神を冒涜するものだけど、遠く離れた海の向こうの商人達にとっては、白い鹿の群は宝の山に映ったそうだ。
白鹿の密猟は、もちろん厳罰に処される。
白鹿を傷付けてはならないと、子供でも知っている事であり、他国から正規の手続きで入国した者には必ず伝えられることだ。
だから知らなかったという主張は通らないし、白鹿を殺める重罪を犯す者は、必ずと言っていいほど故意であり、それを目的として侵入してくる。
数年毎に、白鹿の密猟団が大規模な摘発を受ける事態が発生する。
部族単位で密猟を行なっていた者達には幼い子供が含まれている事もあり、犯罪行為で処罰された保護者を持つ子供達は、例外無く孤児となっていた。
幼き子供にまで罪を問うてはならない。
それはシシルカの教えでもあり、力の無い子供は保護されるべきだと、孤児達は方々に引き取られていく事になった。
両親が神聖な白鹿を殺めた者だと知られないようにする事は、孤児となった子供達を守る為には必要な事だった。
それを知られては、大人になった時にあらゆる事で差別を受けてしまうから。
マヤからの突然の訪問を受けた日の夜遅くに、ジャンナは私の部屋を訪れてくれた。
「酷いことはされなかった?」
ジャンナの姿を上から下まで確認して、
「大丈夫ですよ。上手くやれています。彼女は、おだてていれば機嫌がいいので」
はつらつと話すその言葉で、ようやく安堵できた。
「マヤに仕えている侍女はもう一人いました。その侍女以外はマヤに仕えるのを皆んな嫌がったようで、何か理由をつけて実家に帰っていったようです。それでその侍女ですが、マノンという名前で、実は問題児のようで、マヤに隠れては彼女の私物をくすねているようです。これは私の主観になってしまうのですが、随分と派手な容姿で髪を束ねるように注意するのですが、持ち前の長い髪を自慢したいようで、身だしなみを気を付けようとはしてくれません」
侍女の見た目の評価は、そのままその者を付き添わせている主人に向けられるのに。
「なんだか、マヤとその娘が張り合っているようにも見えて。マノンは上昇志向が強いのか、自慢話が尽きずにかなり強気の態度を私に見せたりもしています。マヤとマノン。二人揃うとどんどん見た目が派手になっていってしまいます」
「困った方達ね」
実際に困っているのはジャンナなのに、私がため息をついてしまう。
清貧の誓いをとまでは言えないけど、今在るものに感謝した、慎ましやかな生活を送ることは、シシルカの教えなのに。
もちろん、品格を維持することや職人達の技術や生活を守ることも大切で必要なのことなのだけど。
「貴女には苦労をかけてしまって」
「いえ、全く苦労とは思ってはいませんので。それから、マヤの所で出入りしている仕立て屋の中に若い男がいるのですが、その男の様子が気になっています。マヤと個人的に言葉を交わすことがあるようで」
「個人的に……」
親密な仲……と思うのは邪推が過ぎるのか、でも、引っかかるものはある。
詳しく聞きたい思いもあるけど、あまりジャンナを引き止めるわけにはいかないし、彼女にこれ以上何かを背負ってもらいたくはない。
「報告ありがとう。でも、どうか自分の身の安全を一番にお願いね。理不尽なことを要求されたら断って、すぐに逃げて。貴女のことは私が守るから」
「はい。ありがたいお言葉です。では、ゆっくり休んでくださいね。ヴァレンティーナ様」
「貴女もね」
ジャンナが自室に戻っていくのを見送ると、ベッドで横になってはみても、何となく胸騒ぎを覚えて寝付けないでいた。
困った人達ではあり、苦しい思いもさせられたけど、不幸になれと願っているわけではないのだから。
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