第2話 プレジデントスライム

 灰色の森は、プレジデントスライムが町を開いて以降、曇天に覆われている。


 町外れに広がる不透明な湖のほとりに、今、額の両脇のかわいい角と赤毛が特徴的な美少女が1人、たたずんでいた。

 汚物と生ゴミにまみれた姿は、無論ファッションではない。同じ鬼族で、今はプレジデントに侍る娘らに、


「これ捨てといて」

「あ、手が滑っちゃった。ま、水でも浴びれば平気よね」


 と、嘲笑とともに浴びた結果である。

 少女は涙で一杯の目で、晴れ間のない空を見上げた。


 その後頭部を、四隅と左右にプロペラのついた鉄板が直撃、道連れに湖へ突入した。

 泡立つ湖面に顔を出したピッキュは、必死の形相で彼女を陸へ引き上げると、


「しっかり! ああ、何て変わり果てた顔に……あれ、マシになってる?」


 そこへ、マーキスが自力で上がってきた。

 同時に、咳こみながら、少女が弱々しく目を開ける。


「無事だったか。よかった。ボクが上手く避けたおかげだな。ボクは天使ピッキュ。こっちは助手の、勇者マーキス」

「ゆう……しゃ?」

「この辺にプレジデントスライムの根城があるはずなんだけど、知らない?」


 少女が、間近にそびえる巨大な灰色の球体を指した時、大きな足音が響いた。


「見廻りのサイクロプスだわ。隠れて」


 棍棒を手にした、青い1つ目の巨人が2人、木々の陰から現れる。

 少女はすれ違いざまに会釈して、足早に立ち去った。


「何だ、あの子鬼は?」

「キキだ。最期までプレジデントに歯向かった鬼王オーガキングの姫。今や召使いだがな」

「変な歩き方だな。まるで、スカートに何か隠してるみたいだ」


 球体内の自室に戻ったキキは、スカートからピッキユを出した。そのピッキュが、マーキスを吐く。


「着替えたら、お茶出しますね」

「食い物も所望する」

「大した物ありませんけど」

「豆腐でなければ何でもいい」


 着替えたキキは、丸い卓袱台に茶と豆腐を並べると、


「悪いことはいいません。これを食べたら早く帰って」


 固まるピッキュに対し、マーキスは遠慮なく箸をつける。


「何人もの勇者が、プレジデントに挑んで敗れました。私の父、鬼王は、最強の魔王の1人でしたが、手も足も出ず、私の目の前で飲まれました。私も、敵討ちを目当てに仕え、結局泣くだけの日々です」

「そんなに強いのか?」

「自分を、異世界からの転生者だといってました。チートというスキルを神から授かっていて、この世界の何者も敵わないそうです」

「聞いてないな」


 横目でにらむと、神の手先は自分の豆腐をマーキスの前に進めた。

 そこへ、勢いよくゴブータが飛びこんでくる。


「湖のそばでびしょ濡れだったって? だいじょう――ぶぁっ?」


 最上部の薄暗い広間に投影された、球体内を駆け巡る勇者を、巨大な亀裂のような目が見つめる。


「勇者の侵入を許したか。子連れとは珍しい。……何でオレを倒しにくる奴は勇者って呼ばれるんだろ? ま、いいや。フフン。ここまでこれたら、オレ自ら遊んでや――」


 部屋の扉が開き、映像の勇者が現れた。


「早いな!」


 すかさず中年ゴブリンが進み出て、勇者の侵入など50年ぶりの珍事、放ったらかしのトラップは全て動作不良を起こした、と報告する。


「点検しとけよ」


 ゴブリンを下げ、明かりを点す。

 部屋の中央に鎮座する、最大直径約15メートルの巨大な青いスライムが鮮明になった。


「よくぞここまできた、勇者よ」

「誰だ!」

「……場所と姿でわかるだろ」

「1秒で描ける安直なデザイン。スライムだな?」

「よし、気が変わった。遊んでやらん。ぶっ殺してやる」


 形を変え、数十の拳を伸ばして襲いかかる。

 それを全てかわす勇者。

 日章旗を振り、ブブゼラを吹き鳴らして応援する天使。

 次にスライムは、ジャンプから落下の連続で圧し潰しにかかる。


 だが、


「つまらん攻撃だ。せめて、これくらいの技は見せてほしいぜ」


 勇者の剣が輝きを帯びると、目にも止まらぬ斬撃で、プレジデントの巨体を滅多切りにした。

 飛来する破片を避けつつ、ピッキュがふんぞり返る。


「思い知ったか、ボクらの力を!」

「俺の力だけどな。ま、いい。キキに伝えてやろう。敵は討った、と」

「いや、伝えるのはオレさ。勇者は返り討ちにされた、と」


 飛び散った破片が瞬時に集まり、元の姿を取り戻す。


「スライムだぞ? 斬撃が効くとでも?」


 ピッキュは頭を抱えた。


「何と役に立たん技だ!」

「お前のブブゼラより役に立っとるわ!」


 揉める間に、プレジデントが黄金の炎をまとう。


「せっかくだ。本来なら勇者のものだという竜神の力でとどめを刺してやろう」

「じゃあ、ボクは天使だから見逃して?」


 作り笑顔で手をすり合わせての哀願も空しく、まぶしい炎の波が2人を襲った。

 そこへ、横合いからキキが飛びこむ。

 炎は3人を飲みこみ、大爆発、球体上部に大穴を開けた。


 






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