第3話 にがりを求めて
「えらい吹っ飛ばされたなあ。まさか、あんなに強いとは」
広大な砂丘に手枕で寝そべるマーキスが歎息すると、そばで砂山をこさえていたピッキュが、
「いや、お前が弱かったのかも。大体、勇者ってフツー、伝説の英雄の末裔とか生まれ変わりとかなのに、お前はただの森のアラサー」
「何もせんかったくせに。魔法で戦うとかできんのか?」
「平和主義者なもんで」
「戦えるのはキキだけか」
炎の直撃から守ってくれたのは、彼女のバリアであった。
「確かに、私は鬼族一の天才美少女魔導士と呼ばれていました。ですが、お力にはなれません。あの再生能力を上回る魔法はないのです」
「チートってやつか。バラしても平気とかずるいよな。体って固まってるもんじゃん?」
「それだ!」
ピュキュが砂山を壊して立ち上がる。
「あの豆腐って、豆の汁を固めたもんなんだろ?」
「にがりを飲ませろってのか? 効くかね?」
キキは小首をかしげ、
「大量に飲むと体に悪いとは聞きますけど」
「じゃ、大量に飲まそう」
ピッキュの決意は固まっていた。
にがりで狙われているスライムは、部屋の風穴を忌々しげににらみながら、
「何でキキはあいつらかばったんだ? 父ちゃん食っちゃったオレに仕えてくれてんだから、どう考えてもオレに惚れてるよな?」
「私が連れ戻して参ります」
下問を無視して下がるゴブータ。出がけに、思わず心の声が漏れる。
「図に乗るな。あれほどの美鬼が水まんじゅうなど相手にするものか。キキは僕に夢中なんだ」
キキは、猛スピードで泳ぐサメに夢中だった。ベルトを手綱に操り、
「海沿いならにがりの工場があるかも。しっかりつかまって」
「――つっても、ズボンがね」
ベルトの提供者は、右手を背びれにかけ、左手でズボンをつかんでいる。
「そんなもんはいてるからだ」
ピッキュは両手で背びれをつかんでいるが、握力が心もとない。
「お前と違って、大人ははいてないと――わあ、ずれてくるな。 尻が! むぐっ……むぐぐぐぐ」
「あふん」
ようやく見つけた工場は大規模ながら、身長6メートルで2.5頭身の老婆が1人で切り盛りしていた。
「何の用だい」
見事な鷲鼻、鋭い眼光、大きなだみ声に、勇者がひるむ。
「この婆さん連れてって戦わす?」
ピッキュに賛成するわけにもいかず、勇を鼓してにがりを注文した。
「豆腐じゃなくてかい? ああ、自作するのかい。どれくらいいるね?」
「巨大スライム1匹殺すのにいるだけ」
「……この鬼の嬢ちゃんは何て?」
「つ、つまり、大きなスライムも腹一杯にできる豆腐に必要な量を」
マーキス咄嗟のフォローで、婆さんは応分のにがりを見繕ってくれたが、払いに至り、3人が固まった。
着の身着のまま旅立った勇者が、鬼の姫と天使に問う。
「金は?」
「ビタ一文ありません」
「金って何だ?」
そこで、婆さんが一案を出した。
「金がないなら嬢ちゃんが体で払いな」
「……確かに、この中で巨万の富に値するのは私の体くらい」
「早まるな。そもそも巨万の富とはいわれてない」
「ようわからんけど、それで」
「お前はもうちょい、天使の自覚を持て」
その時、ドアをノックして、ゴブータが姿を現した。
「出入りの豆腐屋を当たって、ようやくたどりついた。キキの体でショッピングとは、何たる人でなし。恥を知れ!」
「お前、途中できたから知らんだろうけど、俺だけまともだったんだからな」
「シャラップ! キキ、こっちへ。豆腐なら僕がいくらでも買ってあげる」
「だめよ。にがりじゃないと、プレジデントを倒せないもの」
「あ、敵にネタバレしないで」
「にがりでプレジデントを倒せる? ツキが回ってきた!」
ゴブータは嬉々として、懐から取り出したコンパクトを開き、掲げた。
すると、空から戦闘機が、海から潜水艦が、そして浜伝いに巨大なラクダ型ロボットがやってきて、合体、全高30メートル近い人型ロボットとなって大地に立った。
「この復刻版超合金デッパー・ロボ
「工場はやらせん」
飛び出すマーキスだったが、超合金のボディに歯が立たない。
砂地に叩きつけられ、さらに胸のブレスト・フレイムで焼き尽くされる寸前――。
上空より落ちてきた巨大な氷がデッパー・ロボを破壊した。
「こ、この魔法は……キキ」
「勇者様は、まだプレジデントと戦ってくれようとしている。やらせはしない」
「なぜ、僕の邪魔を?」
戸惑う少年ゴブリンへ、出てきた婆さんが顔を寄せ、大きな声でささやいた。
「愛だよ」
「愛? ……そうか、僕に構ってほしくて?」
ゴブータは嬉しそうに、すぐさま婆さんからにがりを買う。
「なぜ、奴にはあっさり渡す?」
驚愕するピッキュをよそに、竜王を召還すると、キキをつかませ、
「このにがりで、君をプレジデントから解放してみせる」
「まず、ここから解放して」
飛び去るドラゴン。
尻もちのまま見送る勇者の肩を、天使が叩いた。
「今までご苦労。あとは彼に任せよう」
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