勇者マーキス 〜トーフ・デ・クエスト〜

ワヒロ・インデュ・サモンリバー

第1話 マーキスとピッキュ

 緑豊かな森の中。

 一匹の子猿に、森の主たる巨大玉ねぎが、牙の並んだ大口を開けて迫っていた。

 大樹にすがり、ぶるぶる震える子猿。

 だが、その目の前で、玉ねぎは、突如走った24本の光線に切り刻まれた。

 宙を舞う破片の中、三十路と思しき人間の男が一人、粗末な身なりで剣を片手に、微笑んでいる。


「よかった、無事で。俺は勇者マーキス。この世の平和は、俺が守――ぐあっ、目、目がぁっ」


 玉ねぎの最後っ屁は痛かったが、回復後、マーキスは、同じ森に自作した掘っ立て小屋に無事帰宅した。


「おかえり」


 一間を占める食卓から、太鼓腹の二頭身の幼子が素っ裸で迎える。

 マーキスは目をしばたかせた。


「誰?」

「ボクは天使ピッキュ。勇者マーキス、神の命により、君を迎えにきた」

「神?」

「ところで、歓迎の食事は先に頂いたが、そろそろデザートを所望したい」


 キッチンと名づけた部屋の奥に、空箱が転がっている。


「い、一週間分の食料が……てめえ、盗人か」

「天使だってば。灰色の森のプレジデント・スライム退治のため、君を誘いに――」

「プレ……! この百年、あらゆる勇者や軍隊を破った、あれを退治だと?」

「それどころか、あらゆる魔王に、こないだは竜神までやられた。もう、戦ってくれそうな人が君しか残ってない」

「じゃ、俺にも無理だろ」

「大丈夫。君には神のご加護がある。こんなにかわいい天使が導くんだから」

「……どこのガキか知らねえが、遊び相手なら他を当たりな」

「遊び相手に、引きこもりの三十路なんてわざわざ選ばない。それより、デザート……」


 デザートどころか手持ちの食材はすっかり消費されていたが、二頭身の幼子相手とあってか、マーキスはしぶしぶ、外の水舟から豆腐を一丁出してやった。

 ピッキュはいぶかりながらも丸ごと口に入れ、すぐに吐き出す。


「くそまずっ。家畜のエサか?」

「バカ野郎。これは豆の汁をにがりで固めた、高たんぱく低カロリー、栄養豊富でお肌にもいい、優秀な健康食だぞ。俺の親も、嫁にするなら豆腐料理が得意な子っていってた。ほんとは醤油や塩をつけて食べるけど、調味料までお前が全部――」


 その時、ノックが話の腰を折った。

 ドアの前に、15、6歳の美男のゴブリン。


「お前が勇者マーキスか?」

「『さん』をつけろ」

「思ったより年食ってるな。ま、いい。僕は灰色の森のゴブータ。プレジデントより、勇者狩りを任されている」

「ほう。それで、ようやくこの勇者マーキスを探し当てたというわけか」

「ここ1、2週間、腹の出た素っ裸の子供が、ここらの町や村でマーキスという無名勇者の居所を探っていると知らせが入ったのだ」


 マーキスが振り向くと、ピッキュはあらぬ方を向いて鳴らぬ口笛を吹いていたが、


「飛んで火にいる夏のゴブリン。まんまとおびき出されたな。さあ、勇者マーキス、手始めにこいつをやっておしまい」


「あいにくだが」と、まんまとおびき出されたらしいゴブリンは余裕の笑みを崩さない。


「戦うのは僕じゃない。やれ、ケツじん


 玄関前に待機していた、高さ5メートル、尻のでかい空き缶細工のようなロボットのロケット・パンチが、マーキス邸を半壊させた。

 家主は天使を小脇に、間一髪、脱出している。


「いとも簡単に崩れそうだったボロ家が、いとも簡単に崩れた」


 愕然とするピッキュを、ゴブータが認めた。


「その太鼓腹、話にあった……そうか、勇者の子供だったか。道理で年を食ってるわけだ。さしずめ、愛想をつかして出て行った妻が再婚、居場所をなくした実の子が、服も買えぬ貧しさの中、父を頼ってやってきた、というところだろう」

「全然合ってないぞ」

「その通り。こんな冴えない三十路が親父なものか。ボクは天使だ」

「天使? 羽も輪っかもないのに? ハハハハッ」


 ツボにはまったらしいゴブータは、百年分を吐き出すように笑った。

 この隙を逃さず、勇者の一刀が空き缶細工を断つ。

 その爆発で、ゴブータは我に返った。


「僕の力作のケツ人8号が……。なるほど、いい年をして勇者を名乗るだけはある。しかし」


 ゴブータが筒を放り投げると、煙の中から巨大な黒いドラゴンが現れた。


「竜神の力を得たプレジデントが、僕に授けた竜王だ。追いつけるものなら追いついてみろ」


 ゴブータを乗せ、竜王は飛び去る。


「……プレジデントは、それで戦えって意味で授けたんじゃね?」

「すごいぞ、マーキス。思ったより強い。これなら勝てるかも。すぐに追おう」


 興奮気味のピッキュは、嗚咽とともに、左右と四隅にプロペラのついた畳二畳分の鉄板『ボローン』を吐き出した。


「さ、早く乗って」


 勇者は躊躇した。


「よだれ……」

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