第2話 それはそれは清楚でキレイで

直延はもし子供ができれば、妻、葉村まつり(旧姓、種藤まつり)はヤンママと呼ばれるのではないかと内心危惧していた。


高校時代からの付き合いだったが、当時から直延はまつりのことが苦手だった。

ギャル的な見た目で、そこいらの男子より運動ができたし、なんだか軽そうなところが特に苦手だった。


接点も特にないはずで、直延自身よく覚えていないがいつの間にか仲が深まっており、気がつくと結婚していた。


結婚とは複雑怪奇で、なんと恐ろしいものなのだろうか。


苦手意識は抱えたままだったが、付き合って結婚してみると、彼女のイメージは全然彼女ではなかった。


料理は大味だがマメに作ってくれるし、意外と綺麗好きだし、サイフの紐は鎖でできていた。


不満なんて、直延自身全くなかったはずだ。


しかし、些細なことで喧嘩して、20の半ばも過ぎているのに子どもみたいに飛び出してしまった。

直延の頭に、一瞬、取り返しのつかないことをしようとしているのではないか、という冷たい疑念がよぎった。


い、いや……間違ってない。何が『あの雨の日私が傘に入れてあげたでしょ!』だ。記憶にないぞ、いつの話だ!あの勝ち誇った上からの態度がやっぱり苦手なんだよ……やってやる!


心の中で静かに燃えたが、相変わらず原付は似合わない騒音で走っていた。

しかし、不思議なことに走っているという感じがしない。タイヤが回って、景色だけが流れているような……


……と思っていたら、いきなり周囲がはっきりしてきて、気がつくとしっかり道を走っていた。


「えっ…うわ、なんだ急に……しかも、原付じゃないし!」


肌で感じる水冷四気筒エンジンの鼓動。

原付はいつのまにか、立派な400のバイクに進化していた。

直延は、この時ばかりは、あの時教習所に誘ってくれた友人に感謝した。

しかし、運転できても咄嗟のことには反応できない。

映画スターさながらの勢いで、なんとかバイクを止めようとしたが、ミサイルよろしく吹っ飛んだ。


「うわぁーーーっ……あれ?」


体が宙を舞う。

かと思えば、浮遊感につつまれて、直延は綿毛のようにふわふわと着地した。

驚いたことにそのバイクも若干地面から浮いており、2輪タイヤで自立していた。


「宇宙のバイク、すごいなぁ……」


意思があるのか、その時、バイクが返事をするかのようにアクセルが勝手に回ったのだった。


「……ここ……実家ウチの近所にあった、コインランドリーだ…」


中をのぞいて時計を確認してみる。

10年前の10月7日だった。

とりあえずバイクを動かそうとサイドミラーに近づいた時、自分の姿が見えた。

そして、時計の数字以上に直延は驚愕する。


在りし日の……16歳の自分が映っていたのだ。


「これは……メレメレ…聞いてないぞ…」


びっくりしたが嬉しい誤算だった。怪しまれずにすむ。

にやっとする直延の恰好といえば、バイカーには見えない、ぶかぶかのワイシャツにスラックス、そして木製の便所サンダル。

風を感じた覚えはないが、どういうわけか乾いている。それに酔いも完全に覚めて頭がはっきりしていた。


タイムマシン。そうタイムマシンに乗っただけ。飲酒運転じゃないぞ、うん…」


元気になったのは酔いが覚めただけではない。

なによりも、エネルギーにあふれた肉体が、直延の精神までもを活気づかせていたのだ。


こんなに体が軽かったのかと、直延は10年の重みを知るのだった。


不思議なことはみーんなタイムマシンのせいにして、とりあえずバイ……タイムマシンは駐車場に停めて、学校の方へは行かずに水穂の家へ向かった。


空がどんよりしている。風が生暖かいので雨が降るのだろうか。

空を見て走るとずっこけそうになるのだった。


直延の家と、水穂の家は反対方向で、彼女は町中に住んでいた。


この日は確か、学校が昼までで、クラスメイトの何人かは、見送りに水穂の家に行っているはずだ。


しかし直延は、水穂が引っ越しする今日という日であっても、結局告白に踏み切るどころか、情けなくて見送りにも行けなかった。

過去の自分に会わないですむという意味で、時間旅行的には好都合だったが、直延はそれを心の片隅でずっと後悔していたのだ。

時間は4時間しかない。

少しギリギリになってしまうが、直延は気にせず力いっぱい走った。


当時は、自分は運動ができないタイプの人間だと卑屈に思い込んでいたが……

走りにくい履物にもかかわらず、結構走れている。

10年越しの新たな発見だった。


水穂の家が見えて来た。

名は体を表すものだ。

それはそれは清楚で、かわいいというより「キレイ」が似合う女の子。


角を一つ曲がれば目の前だったが、直延は電柱の影に隠れて、少し様子をうかがうことにした。

様子を伺うなどとは詭弁であり、単純に怖気づいているのである。


「はぁー、はぁー‥……し…鎮まれ、荒ぶる僕ッ!き、き、き……緊張なんてするもんか。僕もいい大人だ。はぁ、はぁ、はぁ‥‥…高校生相手に、そんな緊張なんて‥‥…」


おそるおそる影から顔だけを出して、様子を伺ってみる。

水穂の両親の姿はなく、見送りの生徒も……帰ってしまったのだろうか。

彼女の手には、色紙がはみ出た大き目の紙袋があった。

しかしそれよりも気になったのは……


「……誰だっけ、彼……」


水穂の目の前には、やたらと背の大きい、同じ学校の制服に身を包んだ高校生が立っていた。

直延は必死で錆びついた記憶の扉をこじ開けてみる。

何となく思い出してきた。

1~5組のどこかの組にいた、なにがしクンだ。


「…今日でお別れだね。茎崎さんと図書委員になれて、本当に楽しかった。……でもこれが本当のお別れじゃない!いや、!……毎日メールもするし、大きい休みには絶対会いに行く!だから……その‥‥…」


「待って、花川くん!私ね……花川くんに……!」


「あ!……そ、それはぼ、僕から言わせて!」


「う‥……うん…」


頬を赤らめ、見つめ合って…一体、別れの挨拶一つに、何をそんなに手間取る必要がある?あ……ほら、雨も降って来た。こっちには時間が無いのに……


じれったそうにイライラとして、直延は出ていけなくなってしまっていた。

ポツリポツリと、大きめの雨粒が落ちてきている。


「ずっと前から好きでした!離れることになるけど、僕と付き合ってください!」


「わ……私も、ずっと前から好きでした!こちらこそ、お願いします!」


「‥‥……………んえ?………」


ええええええええええええええええええええええええ―――ッ!!!!!!


天気は悪いのに、抱き合う二人の周りは輝いていた。

直延のそれは心の叫びだ。幸か不幸か、言葉にならなかった。


タイムリミットが近づいてきている。












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