告白ツバメ返し

ミナトマチ

第1話 タイムマシンもらっちゃった

タイムマシン……もらっちゃった。

い、いや……厳密には貸してもらうだけなんだけど……


ワイシャツにスラックス、足元は木製の便所サンダルという出立ちで、葉村直延はむらなおのぶは目の前の異様な光景に、ただただ呆然とするばかりだった。

直延自身、かなり酔っていたのだが、どうつねったりしても酔いも夢も覚めなかった。

現実のようである。

どうしようもないので、半分使い物にならなくなっていた頭で、直延はゆっくりと今までのことを思い出してみる。


朝、会社に行って、昼上司に難癖つけられて、帰り際電車で足を踏まれて、帰宅してやけ酒した。そして靴下ひっくり返したままで洗濯に出して奥さんに怒られて、ムシャクシャして勢いで家を飛び出した。ああ、そうだ。それで河原で土左衛門状態のを助けたんだ。


よし、頭にはなんの問題もないな。

直延は胸を撫で下ろすのだった。


「ね、ねぇメレメレ……ほんとうにコレがなの?あの頃に戻りたい、やり直したいって言ったけど……これ……」


原付だよね?ブォンブォンいってるけど、原付だよね。


「もちろんです、ナオノブ!あなたは危うく溺れかけていた私を救ってくれた命の恩人!ならばお礼をするのは当然でしょう!」


はぁ……と生返事をしたまま直延はヘルメットを持って直立していた。

ずいぶん人情な宇宙人もいたもんだ。

クシュンと大きなくしゃみが河原に響いた。


格好がそもそも軽装すぎたのだが、加えて春先の夜に、腰ぐらいまで川に入ったのだ。


直延の鼻からキラキラが垂れるのも不自然ではなかった。


しかし改めてみると、目の前の宇宙人、メレメレ・ドッチカ・ツート・ツブアンハはその立派な精神だけでなく、見た目までもが宇宙人というより、人間っぽかった。


クリーム色のおかっぱ頭に、青空をはめ込んだような夜でも澄んだきれいな瞳。可愛らしい顔立ちで、ダックスフンドみたいな両耳がぴょこぴょこしている。どちらかというと獣人みたいだと直延は思った。


服装も、全然宇宙服という感じがしない。

しかし、繊維?はさすがにオーバーテクノロジーでもう服は乾いているのだという。


「メレメレは男の子?女の子なの?いや、ここは雌雄で尋ねるべきなのか?」


「オトのコ?オんナノコ?私はアストビストリアーナノ。うーん、多分ナオノブの言語でいうなら……どっちですか?」


眩しい笑顔で、質問を質問で返してくれた。


「あ、そう……どっちか…なんて余計な事だったよね!うん。ごめんごめん…あ、そうだタイムマシンだよ。それをもっと詳しく聞かせてくれない?」


「もちろんです!」


メレメレはそう言いながら、ごちゃごちゃしたボタンをリズムよく押していった。

原付にはなんとも不似合いな、重厚なパネルから、メレメレの細い指の動きに合わせるように軽快な機械音が流れてくる。


「つまりは回転を使うのです。ナオノブに分かりやすくいうならワームホールの理論を使ってですね、空間がねじれるのであれば時間もねじれるわけで、そのワームホールの入り口を作るためにこのタカクウレソー金属を使用したホイールのタイヤを回転させます。そうすれば、アトハノトナレ数式とヤマトナレ性質を応用させて……」


「ご、ごめんメレメレ、僕数学とか物理学とか苦手なんだ。っていうかオーバーテクノロジー分かんないし!もっと簡潔に!大切なところだけでいいから!」


どこか自慢気に話していただけあって、メレメレはそうですかと少し残念そうだった。


「………これに乗れば、ですが、時間旅行ができます。かなり揺れますが、絶対安全です。私も母船に帰らなければならないので、こころ苦しいですが過去に滞在できるのは4時間だけです」


「帰ってくるには?どうするの?」


「同じタイムマシンに乗って、この、になっているかもしれませんが……とにかくアクセルを開いて高回転を維持してください」


「……分かった。………今、原付あるいは水冷四気筒って言ったよね?これ変形するの?」


「すいません、地球語難しいデース」


「…………」


何もかもが、いろいろと、かなり怪しかったのだが、直延はそこまで聞くと怖いくらい迷いなく、ヘルメットをかぶって原付に乗り込んでいた。

原付のくせに、やっぱりブォンブォンいっている。


「迷いなき行動!さすがナオノブです!しかし、ナオノブ……いつまで戻りますか?そしてあなたはそこまでして、過去に行って何をするのですか?」


メレメレが可愛らしく、小首を傾げているのが見える。

その間もやはり指は忙しなく動いており、原付型タイムマシンもいよいよ発車準備が仕上がっていく。

直延は少し考えてはっとしたように呟いた。


「16歳……地球時間で10年もどしてほしい……日付?ああ……10月の確か7日だ、うん。7日!それで頼む!あ、後時間は昼とかにできる?……助かる!目的は……」


直延は未知への緊張と、大いなる期待に身震いした。服が濡れているのもあったが、とにかく胸の中は何か明るいものでいっぱいだった。


「茎崎……茎崎水穂くきざきみずほさんに、今度こそしっかり告白するんだ!今度こそ……そして……」


僕は人生を…結婚を変え……


ピッ!


メレメレの操作によって、激しい回転が直延を襲い、けたたましいマフラー音が言葉を遮ってしまうのだった。






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