SS-6 ♂ 俺がメイドさんっ!? 【その2】 ♀
『おかえりなさいませ、ご主人様ー♪』
「……お、おか……なさ……」
『あれ? みにゃたん、声が小さいよ~? ほら、おっきな声で』
「お、おか! ……おかえりなさい、ませ。ご、ご主人さまっ……! う、うー……はずか、しい……!」
と。いうわけで。
俺は愛音の頼みで〝1日メイドさん〟のバイトをしている。
メイドネームは【みにゃたん】――新人の黒髪ツインテメイドだ。
「う~ん、まだ照れが残ってるけど、ひとまずはおっけ~」
先輩メイドの【るる】さんが指でOKマークをつくりながら言った。
「こんな感じで、ここは夢の世界にあるお屋敷なんだ~。トビラを開けてご帰宅したご主人様やお嬢様には〝おかえりなさい〟ってお迎えをするんだよ~」
「う、あ……」
「その時に大事なのは笑顔~!」とるるさんは指を頬にあてて言う。「ご主人様のお帰りを心待ちにしていたメイドとして、最高の笑顔でお迎えをすること。わかった~?」
「あ、う、う……」
そのあともひととおりのメイドさん世界の説明や業務のオリエンテーションを受けた。
「ま、ウチは結構やさしいご主人様が多いから、気軽に楽しみながらやれば大丈夫だよ~」
最後にるるさんから、【新人マーク】であるという淡いハート型のバッジを手渡された。
「それじゃオープンするね~! 今日も元気に~はぴはぴ☆にゃん♪」
『『はぴはぴ☆にゃん♪』』
「……へ?」
他のメイドさんたちの視線が、呆然と立ち尽くしていた俺に注がれた。
「っ⁉ は……はぴ、はぴ……にゃんっ――!」
もうどうにでもなれ、と俺は思った。
♡ ♡ ♡
『はわわっ! ありがとうございます、ご主人様☆』
『きゃ~! ひさしぶりのご帰宅、うれしいですっ♡』
『楽しい時間を過ごしましょうね、お嬢様ー♪』
オープン直後にも関わらず店内はすぐに満席になった。外には行列ができている。
「ここのメイド喫茶って、人気なんだな……」
風船やリボン、ハートの
いたるところで飛び交うメイドさん言葉。甘々ボイスのポップなアイドル調のBGMも流れて。
まさにこの場所は現実世界から切り離された【夢の国】だった。
「……うー」
そんな夢の国の中で。
『あれ? 新人ちゃん?』『え、めちゃくちゃ可愛いんだけど……!』『ねーねー。きみ、名前は?』
俺はさっそく、ハジメテとなるご主人様たちの接客についていた。
「あ、えと。名前は、みなた――」
「こらこら、ちがうでしょ?」隣についてくれていたるるさんに注意される。
「え? あ……」
俺は一瞬言い淀んでから、
「みっ!
『おおおお……!』
なぜだかそれだけで、客の男たちが湧いた。
『みにゃたん、かわいー!』『やばかわ』『かわいすぎね?』
みんなに顔を覗かれるようにされ、俺は我慢できなくなり目をそらす。
「か、かわいくなんかっ! な、い……!」
『っ‼』
ふたたびみんなが声に熱をこめた。
『恥ずかしがってるのが可愛い……!』『顔真っ赤にしてるっ!』『みにゃたんサイコー!』
「う、あ……っ⁉」
「はいはい。みんな落ち着いて~」
るるさんがぱちんと手を叩いて言った。
相手はどうやら常連らしく、喋り方にも遠慮がないような感じだ。
「みにゃたんが可愛いのはわかるけど、新人なんだからね? やさしくしてあげてね~」
『『はーい』』
と男たちが口を揃えた。どうやら聞き分けは良いらしい。
そのあと俺は口にするのも恥ずかしいメニューの数々(『萌え萌え♡あいちゅくりぃむ』だとか、『あちゅあちゅ! キャラメるんるんラテ♪』だとか、そんなのだ)を取って、それらを落とさないよう慎重にテーブルに運んだ。
「ご、ごゆっくり、ドウゾ」
未だカタコトで言ってその場を去ろうとしたら、るるさんに阻止された。
「これで終わりじゃないよ~? さっき教えたでしょ?」
「え?」
「ほらほら――まほうのじゅもん☆」
飲み物や料理を前にして。
テーブルの男たちは期待したような目を俺に向けている。
じっと見られる。恥ずかしい。しかし逃れることはできなさそうだった。
「……っ!」
俺はひとつ深呼吸をして、ごくりと唾を飲んで、高鳴る心臓を落ち着けて。
その魔法の呪文を――かけた。
「お、おいしくなあれっ――萌え、萌え、きゅんっ……!」
その瞬間。
奇跡的にBGMが曲の繋ぎで途絶え、店内の会話も静まり返った。
「……え?」
そんな中で放たれた俺の『魔法の呪文☆』は、店内中に響き渡って。
すこしの間の後に、感動めいた歓声が各地であがった。
『な、なんだ今の尊すぎる萌えキュンは‼』『完全に撃ち抜かれたっ……!』『あの子、どこのだれだ⁉』『おれ、今度はあの子におまじないかけてもらいたいっ!』
「え? え? え……?」
目を瞬かせ混乱する俺のまわりに、店内中が騒ぎになるほど人が集まってきた。るるさんが慌ててその場をおさめる。
「こらこら! 他の席の人はみにゃたんに近づかないの~!」
「う、うー……!」
こうして俺は、開幕直後にして店内人気ナンバーワンメイドの座を確立した。
♡ ♡ ♡
「い、苺の国からきましたっ……!」
『かわいー!』
「血液型は――リボン型、ですっ」
『かわいいーーー!』
「萌え萌え~きゅんっ……!」
『かわわわいいいいいいいいいい』
そのあとも【みにゃたん】の人気は店内を
「うー……! なんなんだ、これは……!」
混乱している間もなく、俺はどんどん新しいご主人様を担当していく。
『みにゃたん!』『かわいすぎる……!』『こっち向いてー!』『笑って笑って』『かわいー‼』
「や、やめてくれぇ……! 俺は、男で、かわいくなんか……!」
そうだ。俺は男なんだ。『かわいい』なんて言われても嬉しいはずがない。
……だけど。
『かわいい』『かわいい』『かわいい』『かわいい』『かわいい――』
みんなから
なんだか背筋がぞくぞくとして。
頭の中がかあっと熱がもったようになる。
「な、なんだこの気持ちは……⁉ みんなから可愛いって言われて……お、俺、頭が、
ぎりぎり残った男としての理性を働かせていたところで、ふと。
――せっかくの女の子のカラダだし、今しかできないことを楽しんでみたら?
そんな愛音の言葉が思い浮かんだ。
「そうか……今だけ、か」
俺のこんな状況を、たとえば知り合いの奴にでも見られたら俺の人生は即・終了するかもしれないが。
今ここは、現実から離れた〝夢の国〟なのだ。
だれも知っている人はいない。あくまでも
だったらそんな
「そうだよな。ここではみんな夢の世界の住人だ。必要以上に恥ずかしがらずに、胸を張って――もっとメイドさん、がんばってみるか……!」
声のトーンを高めに調節する。心臓はやっぱりどきどきしているけれど。
今日だけだと覚悟を決めて。メイドさんとして、帰りを心待ちにしていたご主人様たちに幸せを届けられるように。
――みんなの理想の【みにゃたん】を演じよう。
「……よしっ」
そう決意して、次のご主人様が待つテーブルへと向かって。
自分ができる精一杯に作った甘い声で、全力の笑顔を浮かべ俺は言った。
「お、おかえりなさいませっ♡ ご主人様♪ ――あ」
ぴたりと。時間が止まった気がした。
その席に座っていたのは。今日だけの関係なんかじゃない。
「……っ‼」
知り合いどころか。
最も今の姿を見られるわけにはいかなかった
「や――ミナタ。ご主人様だよ」
俺の人生は終了した。
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まさかの来訪者……!
次回、にゃんにゃんメイド♡みにゃたんとして、龍斗へ(強制的に)ご給仕します~!
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