SS-7 ♂ 俺がメイドさんっ!? 【その3】 ♀
「おかえりなさいませっ♡ ご主人様――あ」
ツインテ黒髪メイド【みにゃたん♡】となった俺が、新しく入ってきた客(=ご主人さま)のテーブルに歩み寄ると。
「……っ‼」
そこに座っていたのは、絶対に今の姿を見られるわけにはいかなかった俺の幼馴染――
「な、な、な……なんで龍斗がここにいるんだよーーーーーーっ⁉」
俺はたまらず絶叫した。
周囲のお客さんたちがびっくりしたように振り向く。
「ちょっとちょっと~。みにゃたん? ご主人さまに向かっておっきい声だしたらだめだよ~」
先輩メイドのるるさんから注意を受けた。
「でっ、でっ、でもっ! あいつ俺の、と、友達でっ……!」
「も~。そんなことは関係ないの」
るるさんが軽く腰に手を当てて言う。
「たとえ知り合いだったとしても。
「そ、そんなっ……!」
そのあともどうにかるるさんと交渉してみたが無駄だった。
龍斗がお金を払ってお客さんとしてこの場所に来ている以上は。
俺は龍斗に対して、その帰りを待ちわびていた【メイド】として接するほかはなさそうだった
「ん――どうしたの。顔が赤いけど」
テーブルでは龍斗が素知らぬ顔で(しかし口元に
「キミ、ボクの担当のメイドさん? 名前はなんていうの?」
とわざとらしく龍斗がきいてきた。
――ったく。こいつ、ふざけやがって。ぜんぶ理解した上で、俺をいじるためにやってやがる!
「名前なんてきかなくても分かってるだろ! 俺は――はっ⁉」
視線を感じて振り向くと、るるさんがじいっとこちらを見ていた。
「ん――名前は?」
と龍斗がふたたびきいてきた。
「うー……! み、……みにゃ、……、です……」
俺はもじもじとしながら言ってやる。
しかし龍斗は。
「ん、きこえない」
と。
やっぱり絶対わざと聞こえないフリをしてきたのだった。
「うーーーー……!」
俺は色々なものを
「みっ! みにゃたん、ですっ……‼」
顔に全身の血液を集めながら【メイドネーム】を名乗った。
「へえ――みにゃたん、ね」
龍斗は笑いをこらえるように微かに震えながら言った。
「よろしく、みにゃたん」
「~~~っ……!」
俺は小声になって、龍斗のことを小突きながら言ってやる。
「な、なんで龍斗がここにいるんだよっ⁉」
「ん――
「なっ!」
俺は目を見開く。
「あいつ……! 情報を漏らしやがったな……!」
「メイド姿のミナタの写真をとってきてっていわれて」
龍斗はすこしも悪い素振りなくつづける。
「
ちっ、と俺は舌を打つ。
当然、俺は今のメイド姿を知り合いの誰にも見せるつもりはなかった。
店内での許可の無い写真撮影は禁止だったし。
メイド服に着替えてからも、バックルームでるるさんが俺のことを撮ろうとするのをかたくなに拒否して安心していたが……。
「その〝ちぇき〟ってやつを、とってきてほしいっていわれて――きた」
たしかに。
メイド喫茶のメニューにはチェキというものがある。
お金を払って写真を撮るのだから、当然断るわけにはいかない。
「愛音のやつ、考えやがったな……!」
どうにか拒否する手立てを考えていると、メニュー表を見ていた龍斗が言った。
「ん――ボクには、ほかのメイドさんみたいに接客してくれないの?」
「あ、当たり前だろっ! お前はふだんの俺――ましてや、〝男〟だった頃の俺を知ってるんだ! あんなに甘ったるい声と笑顔で接客なんてできるわけないだろ! ……あ」
振り返らなくても分かる。未だるるさんによる監視からは
どうやら最後まで、メイドさんとして手を抜くことは許されていなさそうだった。
「うー……! ばか龍斗っ!」
俺は頬を膨らませて。
無理やり笑顔と声を甘ったるく作って。
龍斗に向かってシステムや世界観、メニューの説明をすることになった。
「………………」
慣れないメイド言葉をぎこちなく使う俺を前にして。
龍斗はふるふると震えながら、どこまでも楽しそうに聞いていた。
――くそう、絶対あとで覚えてろよ!
♡ ♡ ♡
「お、お待たせしましたっ。こちら〝ふわふわたまごの☆オムライちゅ〟になりまーす……!」
俺はこめかみをひくつかせながら。
龍斗の前にオムライスの乗ったピンク色の皿を差し出した。
「ん――ありがと」
と龍斗がやけに爽やかな笑みで言った。
「それでは、ごゆっくりおくつろぎクダサイネ」
俺はわざとらしく作った笑顔&カタコト言葉でそう言って。
さっさとテーブルを離れようとすると――
「あれ? おえかき、は?」
龍斗に気づかれた。
「は、はい……?」と俺はひくついた笑顔のまま首をかしげる。
「さっきとなりのテーブルのメイドさんがやってた。ケチャップで、おえかきをしてくれるんでしょ」
「あー……し、失礼しましたっ。てっきり〝ケチャップが苦手〟なご主人さまかと」
俺は笑って誤魔化しながら、ケチャップを手にとって。
オムライスの上に『カエレ』と毒々しい書体で描いてやった。
「それでは今度こそ、ごゆっくり~」
ふたたび作った笑顔と声でそう言って去ろうとすると……。
「ん――みなた。おこってる……?」
などと。
オムライスの上の〝おえかき〟を見つめていた龍斗に言われた。
「……へ?」
「なにもいわずに、とつぜんきちゃったことはあやまる。だけど……ボクもメイド喫茶はハジメテだし。こんなことがないと、ふだんはこれないし。――たのしみに、してたのに」
どこか寂しげな表情を浮かべてそう言う龍斗を前に。
俺はなんだか心がちくりと傷んだ。
「……龍斗」
たしかに、すこし
さっきるるさんが言っていたように、相手が親友だろうが関係なく、ここでは平等に【ご主人様】なのだ。
その帰りを心から待ち望んでいたメイドであるはずの俺が、ケチャップで『カエレ』などと書いていいわけがなかった。
「す、すまん、龍斗っ。すこし……やりすぎた。オムライス、新しいのに変えてもらえるように言ってくるっ」
「ううん、だいじょうぶ」
と龍斗は引き止めた。
「このままでいい。せっかくみなたが――ううん。
「で、でも……あ」
俺はそこでひとつ思いついて、ふたたびケチャップの容器を手にとる。
「こ、これならどうだっ?」
そう言って俺は。
ケチャップで『カエレ』と
――『おカエり』としてやった。
ふむ。なんだか平仮名とカタカナのまじり具合の不気味さが、メイドじゃなくて
しかし、うまくごまかせたのではないだろうか。
「ん――かんぺき」と龍斗も微笑んだ。
「へへ、よかった」と俺は安堵の息を短く吐いた。
そうだ。俺はここではあくまで、ご主人さまにお給仕するメイドなのだ。
ご主人さまには、現実世界を忘れて非日常を経験してもらう。夢を見てもらう――メイドさんとして勤める以上、その精神を忘れてはいけなかった。
「ごめんな、龍斗……」
「ううん、あやまらなくていい」
龍斗は優しげな表情で首を振った。
「そのかわり――これも追加で、おねがい」
続いて龍斗は、メニューの端っこを指さした。
「……え?」
龍斗が指さしたメニューは。
――【ねこにゃん♡カチューシャ】などという。
好きなメイドさんにつけることで、その語尾が『にゃん』へと変わり接客してくれるようになるという――なんともふざけた課金
「ま、待て! 冗談、だよな……?」
顔を蒼白させる俺に対して。
注文の声を聞きつけたるるさんが、早速〝猫耳〟のついたカチューシャを持ってきて龍斗に手渡した。
「ご主人さま、ねこにゃん♡カチューシャのご注文ありがとうございます~! こちらをご希望のメイドさんに、ご主人さまの手でつけてあげてくださいね~☆」
こくり。龍斗がうなずいた。
ふるふる。俺は首を振る。
「や、やめろ……それだけは、やめてくれっ……!」
必死の抵抗むなしく。
龍斗は。
さっきまでの寂しげな表情はどこへやら。
どこまでも楽しげで悪戯めいた表情で。
「ん――メイド喫茶じゃ、ご主人さまの
俺の頭へと、カチューシャを――
はめた。
「うー……! ぜ、ぜったい――だ、
こうして俺は猫になった。
==============================
猫になりました……!
花粉症で体内水分を枯らしつつ、明日も更新します~!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます