第二章:進行する少女化、崩れていく三角関係

2-1 ♂ 女子高生としての登校風景 ♀

「……くそ。なんで俺が、こんな格好で……」

 

 俺は始業5分前のチャイムを聞きながら校門をくぐる。


「えへ、似合ってるよー」と幼馴染であり現カノジョの白金坂しろかねざか愛音あいねが言った。

 姫天使というふたつ名に恥じないスタイルと美貌で、名前のとおり白金色に輝く長髪が午前中の遠慮がちな日差しの中で揺れている。


「似合うとかそういう問題じゃない……!」


 というわけで。

 週明け、俺は美鏡みかがみ学園高校のとして制服を着て登校していた。 

 歩くたびにスカートが揺れて腿のあたりに擦れる。パンツもぴったりと肌に張り付いているため、なんだか心もとない気持ちになった。

 

「うー……なんだか妙にすーすーするぜ……ひゃっ⁉︎」

 

 突如、背後から風が吹き抜けた。

 スカートがはらりと持ち上げられる。俺は反射的にそれを押さえて。叫んだ。叫んでから……手を離し、ひとつ咳払いをし、平静をよそおう。


「みーくん……」

 

 愛音と目が合った。


「ふふ――かわいい声だったねえ」

「う、うるせー!」

「あは、顔まっかー。今日はふりふりのピンクなんだ?」

「なっ⁉」


 どうやらスカートの中身を見られていたらしい。


「うー……! こういうのしか、家にないんだよっ。つうか、お前も一緒に確認したんだから知ってるだろ⁉」

「えへ――あ、ほらほら! 急がないと授業始まっちゃうよー」


 愛音はぺろりと舌を出しながら、俺の横を追い抜いていく。


「あ、おい!」


 俺も追いかけようとしたが……未だこのカラダには慣れていない。歩幅や重心のバランスが変わってしまっているため(その主たる原因は、小柄な体格の割にいささか大きすぎる胸部おっぱいにあるのはナイショだ)、下手に急いで転んだりしたくはない。


 焦りすぎず、だけど早歩きにはなるようにして俺は校舎までのロータリーを進んだ。


      ♡ ♡ ♡


『おはよー、みなたちゃん!』

「お、おはっ、よう……」

『みなたちゃん、おはよっ! 今日もかわいいね〜』

「あ、……う……」


 玄関で靴を履き替えていると、他の女生徒たちから声がかかった。

 そのたびに『うぅっ……?』とか『あぁっ……!』だとかで挙動不審になっているのが俺――櫻井さくらいみなただ。


 本当は【湊多】という漢字があるのだが、今のでは学生証なども含めてひらがな表記に変わってしまっている。


 そう。世界改変。


 俺は【淫魔の首飾り】とかいうオカルト考古物こうこぶつと迂闊に契約を結んでしまったことで、自分自身の存在が『めちゃんこかわいい女の子!』へと強制的に変化してしまったのだった。


『みなたちゃん、今日どうしたの? なんか元気ない?』

「あっ、いや! そんなことないぜ? ……じゃなくて、」


 今日はオンナノコになってからハジメテの高校への登校日。

 周囲のみんなの認識は、俺はあくまで女子生徒としての『櫻井みなたちゃん』であるらしく、男時代の俺だったらありえないような学校のトップカーストの美少女たちに親しい感じで声をかけられた。


「だ……だいじょうぶ。おは、よ」

 

 俺は慣れない校内トップ美女たちとの触れ合いのたびに、ごくごく自然な笑顔を浮かべて(もちろん皮肉だ。実際はぎこちなさすぎて皆から体調を心配された)、一般的女子生徒としての対応を心掛けたのだった。


      ♡ ♡ ♡


「ふはあああああ、つか、れた……」


 当然、そんな慣れないことをしていれば心身ともに(主に精神面だが)疲弊は溜まってしまう。その溜まった分を俺はため息とともに思い切り吐き出した。


「ここなら人もいないし、多少は〝〟を出しても許されるよな」


 場所は屋上。昼休み。

 俺はここで【幼馴染のひとり】と待ち合わせをしているのだった。


「あ、おーい、龍斗! こっちこっち!」


 灰田はいだ龍斗りゅうと。俺と愛音の幼馴染であり親友だ。どこかミステリアスな雰囲気をまとい〝亡国の王子〟と称されるクール系男子だ。

(ちなみに愛音は昼休みに委員の仕事があるらしく、屋上には来られなかった)

 

「ミナタ……あ」

 

 龍斗は俺のことを見つけると目を瞬かせ、しばらく静止した。


「…………」

「うん? どうしたんだ?」

「ん――なんでもない。にあってる」


 と龍斗は言って俺の横に座った。


「……!」


 似合ってる。というのが俺の制服姿のことを指していると気づいて、俺は妙な気恥ずかしさを覚えた。それまでスカート姿でかいていたあぐらを解いて、膝を抱える。


「うっせー。こちとら迷惑してるんだ」

「でも、なんだかミナタ――たのしそう」

「っ⁉︎」


 俺が? 女になったこの状況を? 楽しんでる?


「そんなわけあるかよ……!」


 俺は一刻も早く元のカラダに戻りたい。

 それには理由があった。


「なあ。昨日の首飾りの話、本当なんだよな?」

「ん」と龍斗は頷いた。「ほんとう。すこし、見せて」

「お、おう……」


 俺は胸元を突き出すように首をあげた。

 龍斗が頭を寄せてくる。じいと見つめられるのが分かる。顔がすぐ近くにきて、なんだかこしょばゆい感覚になる。


「ん――たしかに、溜まってる。これが淫力いんりょくの指標みたい」


 龍斗が言うのは、ペンダントの中のピンク色の液体のことだ。こいつがいっぱいになると、俺のカラダからは角やら羽根やら尻尾やらが生え〝淫魔化〟してしまう。


「いま、三分の一くらい、かな」

「っ⁉ ちょっと待て、今朝の段階ではまだ一割もなかったぞ⁉︎」


 そこで龍斗は持っていたトートバッグから、大きめのキャンバスノートを取り出した。


「あれから首飾りや淫魔のことについて、色々しらべた」


 中を開くと、龍斗の手書きのメモや様々な記事のスクラップ、印刷した写真などでびっしりと埋まっていた。


「どうやら、淫力はきみがするたびに、溜まっていくみたい」

「はあ⁉」

「どきどきする。興奮する。いけない気分になる。そういうキミの〝本能の刺激〟によって、ペンダントに液体は溜まっていく」


 龍斗はふたたび俺の首元に目をやって続けた。


「それが短時間のうちに溜まったということは――

「うっ……⁉︎」


 俺はギクリと体を跳ねさせた。

 今日の午前中のうちに〝ドキドキしたこと〟を思い出してみる。


 着慣れないセーラー服を着て。愛音に『可愛い』と何度も抱きつかれたこと。そのたびに彼女の胸がきゅうと押しつけられたこと。通学路では『女の子どうしならふつうだよー』と手も繋いだこと。


 学校ではクラスメイトの女子たちに囲まれた。距離がとても近かったこと。ひとりひとりで違ったいい香りがしたこと。一緒に顔を近づけて写真を撮ったこと。『みなたちゃん、お人形さんみたい♪』と身体を抱えるように膝の上に乗せられ、密着状態で髪の毛やらなんやらを触られたこと。


「うー……! もしかして俺、今朝からずっとドキドキしっぱなしなのか……⁉︎」


 龍斗が短くため息をついた。


「とにかく、このペースだと早い段階で次の淫魔化の発作が起きてしまう」

「なっ⁉ い、いやだっ! 俺はこれ以上、心まで女に染まりたくない……!」


 メイクや着替えといった〝女の子の動作〟を無意識のうちにこなすなど、ただでさえ淫魔化による【心の少女化】の兆候があるのだ。これ以上に変えられてたまるか。


「それに……昨日も言っただろ?」と俺は続ける。「あのカラダになると、俺――理性が、効かなくなっちまうんだ。学校でそれが起きちまったら……」


 想像すらもしたくない。

 俺はあの時、我を忘れて愛音の【精気】を求めてしまった。

 まわりに不特定多数の人間がいる場所で、もしそうなってしまったらと思うとぞっとしなかった。


「とにかく、しばらくは興奮しないことが、だいじ」と龍斗が言った。

「そ、そうだな。午前はすこし油断しすぎた。その気になれば、ドキドキなんて簡単にはしねえ!」

「ん。期待してる」と龍斗は微笑んだ。

「おう、任せとけ! あ!!!!!!!!!!!!」

 

 意気揚々とドヤ顔をしてみせたところで。

 俺はふっと〝ある事実〟を思い出した。


「そういや次の時間――水泳だった」

 

 水泳。夏。太陽。プール。着替え。スク水。

 

 そして今、俺のカラダは――女子。

 もちろんまわりにもたくさんの――女子。


「……やっぱり、期待できないかも」


 龍斗が諦めたように溜息を吐いた。


「っ……!」


 俺は溜息すらも出なかった。



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次回、ドキドキプール回です!

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