1-13 ♂ 頭の中まで女になりたくないっ……! ♀

 ちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえた。

 朝の陽ざしがカーテン越しに差し込んでくる。

 微睡まどろみの中から俺は目を覚ます。


「う……。なっ⁉ 愛音あいね……⁉」

 

 至近距離に無防備な愛音の顔があった。

 俺は驚いてベッドの上に跳ね起きる。

 

「あ……そうか。一緒に、寝たんだったか……」と俺は納得してひとりごちる。

「うーん……」


 愛音も目覚めたようだ。

 寝ぼけ眼を白い指先でこすって、ゆっくりと開く。


「あれ? みー、くん……?」

 

 愛音はそこで『はっ⁉』とした表情を浮かべて。

 全身をまるで熟した林檎のように真っ赤に染めた。

 

「みみみ、みー、くんっ⁉ ……っ‼」


 愛音はがばりと勢いよく布団を頭にまでかぶった。


「あ、愛音……?」

「ううう……見ない、でえ」

「どうしたんだよ――あ」

 

 そこで俺も気づく。気づくというより――

 昨日、まさしくこのベッドの上で。永遠にも思える夜の中で。


 ――行われた、情事じょうじを。


「っ‼」

 

 俺もたまらず自らの口元を腕で抑えた。

 そこにはまだ、が残っているようだった。


 夢じゃない。

 俺の記憶が正しければ、〝精気の接種〟という名目で行われた、愛音カノジョとの接触は――


 人生で最初の接吻ファーストキッスと呼ぶには、あまりに煽情的えっちすぎるものだった。

 

「うー……俺は、なんてことを……!」


 俺は頭を抱えながら続ける。


「あの赤い月を見てから、理性が効かなくなって……欲望のままに、キミを、求めた」

 

 すべて記憶にある。

 だけどあれは――


「お、俺じゃないんだ、愛音……!」と俺は未だ布団の中に潜り込んでいる愛音に向かって言った。「きっと例の、淫魔とやらの呪いで――あ」

 

 そこではっと気づいた。


「そういえば! 精気さえ摂取すれば、俺は元のカラダに――」


 俺は希望を込めて姿見を振り返る。

 そして――絶句する。


「え……?」

 

 確かに、そこに映る俺のカラダにはもう角や尻尾は見当たらず、サキュバスのものではなくなっていた。


 ただの元のだ。

 

「ふざけんな! 淫魔化は解けても、俺のカラダは女のままじゃねえか……!」


 そういえば部屋も変わらず少女趣味のままだ。

 声だって甘くて甲高い。叫ぶたびに長い黒髪が揺れる。おっぱいも重い。

 

「……うー、どうなってるんだよ……⁉」

 

 俺はリボン付きのケースに入ったスマホで【もうひとりの幼馴染】に連絡を取った。彼は1~2回のコールですぐに通話に出た。

 

「おい、龍斗、どういうことだ⁉」

『ん。どういうこと、って?』

「お前の言う通り、精気とやらを吸っても――もとのカラダに戻ってない。話が違うぞ!」

『話は、ちがくない』と龍斗は端的に言った。『、もとに戻る』

「んなっ!」と俺は絶句する。「じゃ、じゃあ……女のカラダには、なったままなのか……?」

 

 こくり、と頷くような間があった。


『ミナタと首飾りの間には、血の契約が結ばれてる。ミナタが精気を捧げる必要があるのは、あくまで契約の代償によるもの』

「ちょっと待て! 昨日から代償がどうとか言ってるが……こっちから与えるばっかで、俺の方はなんにも恩恵に授かってないぞ!」

 

 これでは一方的なだ。しかし。


『ミナタはもう、充分すぎるくらいに、手にしてる』


 などと。

 龍斗は言ってきたのだった。


「はあ⁉ どこがだよ!」


 すう、と龍斗は息を呑むような間のあと、言った。


『淫魔の首飾りとの契約によって、契約者が得られるのは。この世の誰もが羨む――

 

「……っ!」

 

 俺はふたたび鏡を見る。そこに映る全身を見つめる。たしかに。

 だ。しかし、そんなもの。


「い、いらねええええええええ……」

 

 たしかに喉から手が出るほど欲しいやつもいるかもしれないが。

 あくまでただの【一般男子高校生】である俺にとっては、まったくもって迷惑な話でしかなかった。

 

「くそ……なんて契約を、しちまったんだ……」

 

 身体が女になっちまった上に、精気まで献上しなければならない。

 これでは俺にとってデメリットしかないではないか。

 

「うー……けどよ、これから俺はどうすればいいんだ?」

 

 龍斗はすこし考えるようにして、『なるべく、淫魔化の発作はならないようにしたほうがいいかも』

 

 そりゃそうだ。


「俺だってこのんであんな恰好になりたくはないさ。それに……あの姿になると、理性が効かなくなって……カラダが精気を求めて。思いもよらない行動を、とっちまう。まるで、自分が自分じゃなくなるような――」

 

 そんな感覚。衝動。

 脳が弾けるような余韻は、未だ全身に痺れるように残っていた。


『ん。それもあるかもしれないけど』と龍斗は続ける。『あんまり淫魔化を繰り返すと、魂が、そのカラダに、馴染んじゃうみたい』

「……は?」

『たぶんそうなると、ミナタの言うとおり――きみは、きみじゃなくなってしまう』

「……どういうことだ」

『ミナタもそうはなりたくないでしょ?』

「当たり前だろ!」


 俺は強く言った。


「ただでさえカラダやまわりの環境が変わって迷惑してるんだ。これ以上、魂とか、そんな根本的な部分まで変えられてたまるか!」

『ん』


 ごもっとも、というように龍斗は納得の声を出す。


『そのためには、ふだんから精気を吸って、淫力を減らしておくことが必要』

 

 俺は頭を傾けて、首にさがったペンダントのことを見やる。

 現状は中に液体は溜まっていない。透明なままだ。


「じゃあ、なにか? ふだんから精気とやらを集めて――つまりは、き、き――」

『キス』と龍斗があっさり言った。『それも、どきどきする人との』

「……と、をして。淫魔化の発作が起きないようにすればいいってことか……?」

『話がはやくて、たすかる』と龍斗が満足そうに言った。

「うー……つってもよ」

 

 俺は愛音の方に視線をやった。

 ベッドに座り込み、布団を身体に巻きつけている。

 

「わ、……私、だいじょうぶだよ?」

「え?」

 

 彼女は布団から顔だけを出して、そうっと俺のことを窺うように続ける。


「昨日みたいなのは、ちょっぴり……すっごく! けど、……ふだんのみーくんとのキスだったら、大丈夫。協力する。っていうか! むしろ、その――もっと、したいかな、って……な、なんでもないっ」

 

 となにやらと愛音は言って、ふたたび布団の中に隠れた。


『ん』と龍斗が察したように口を挟んでまとめる。『引き続き、ボクは首飾りの契約を破棄できる方法がないか、しらべてみる』

「……ああ。頼むぜ、親友」

『じゃ』と前触れ短く通話は切れた。


 

      ♡ ♡ ♡

 

 

「まったく」

 

 俺はリボンつきのタオルヘアバンドで髪をまとめ、化粧台ドレッサーの前に座りながら言った。

 

「状況は進展したような、しないような、だな」

「う……うん」


 愛音はローテーブルの前でクッションを抱え座っている。

 相変わらず俺と視線を合わせるたびに恥ずかしそうにしていたが……朝ほどのはもう残っていないようだ。


「でも……良かったね。ひとまず、ふつうの女の子の身体に戻れて」

「全然納得はいってないけどな」


 と俺は頬を膨らます。そのまま膨らませた頬に化粧水をたっぷり取って染み込ませた。続いて美容液に乳液。

 

「あ、すまん。日焼け止め取ってくれ」

「ん……」と愛音が手渡してくれる。スキンアクアのトーンアップUVだ。


 そのあともひととおりのメイクを終えて、温まったヘアアイロンで髪を巻いていく。鼻歌を口ずさんでいたら、じっと俺の様子を見ていた愛音と目があった。

 

「うん? どうした? 俺のメイク、なんか変か……?」

 

 愛音は首を振る。


「ううん――むしろ、?」

「……え?」


 コテを持つ手が止まる。熱が心配になって慌てて髪から離す。

 そうだ。昨日は確かに愛音によるメイク教室を行ったが――髪の毛をセットする方法なんて、まだ教わっていない。


「うわあっ⁉」


 俺はたまらず叫び声をあげた。


「な、な、な……⁉」


 机の上に目をやる。。昨日までは、愛音に教えてもらってもちんぷんかんぷんだった化粧道具コスメの数々が。どうやって使うのか。どれがお気に入りで。どの色合いが今日の服装に似合いそうか。

 

 理解できて――しまう。


「うー……っ! なんなんだよ、これぇ……!」

 

 俺は頭を抱えた。

 

「あ……もしかして」愛音が思い当たったように言う。「りゅーとの言ってたやつっ! 魂が身体に馴染むとか、なんとか」


 ――あんまり淫魔化を繰り返すと、きみは、きみじゃなくなってしまう。


 そんな龍斗の声が脳裏に蘇った。


「待ってくれ! っつうことは……」


 言葉の続きは、愛音が言った。


「みーくんは、どんどん――ほんとうの女の子に、変わっちゃうってこと……?」


「……っ!」


 そんなもの。どうしたって。


「い、いやだ! 俺は、頭の中まで女に、なりたくない……っ!」

 

 俺の叫びは節々が震えていた。


「カラダはまだいい。いや、よくないが! ……心まで女になっちまうなんて、、いやに決まってるっ」

 

 ぶんぶんと首を振る。そのたびに巻きかけの長い黒髪が揺れて頬にこすれる。豊満な胸が揺れる。それらの感覚に――今は、以前ほどの違和感は覚えない。

 

「うー……!」

 

 俺は両方の拳をきゅうと握って、お姫様みたいな椅子から立ち上がって。

 宣言するように、言った。


「これ以上、淫魔化なんて、してたまるかあああっ……!」


 胸で例の首飾りが揺れた。透明な宝石の中には、いつの間にか1割ほどがピンク色の妖艶な液体で満たされている。容量キャパの上限まで溜まり切るまでに、俺はこの淫力とやらを発散させてやらなければならない。


 その、方法は――


「愛音、あらためてお願いだ。龍斗が契約自体を破棄する方法を見つけてくれるまでの間。定期的に俺に、せ、精気を――分けてくれないかっ」

 

 それははたから見れば、どこまでも変態めいて聞こえる要求ではあったのだが。

 

「うん、もちろん。覚悟はできてるよっ――!」

 

 事情を理解してくれたカノジョの愛音は、自らの唇に指先を触れさせながら、快く頷いてくれたのだった。

 

「私、みーくんのために――、がんばるねっ」

 

 ふたたび窓から風が吹いてきた。

 夜とは違う、もやっとした生ぬるい風だ。

 風は壁際にかかっていた美鏡高校のセーラー服をハンガーごと揺らした。


「……そういえば」と愛音が思い出したように言う。「私たち、明日から学校だったね」


 俺は何かを象徴するかのようにぱたぱたとはためく制服のスカートを眺めながら。


「――あ」

 

 どこまでも聞き慣れてしまった甘い声で叫ぶのだった。


「こ、このカラダで……が、学校ーーーーー⁉」



 

 ――どうやら俺の倒錯とうさく的で色欲的えっちな受難は、これからも勢いを増して続いていくらしい。




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これにて第一章が完結です!

次回新章よりお待ちかね(⁉)、愛音に龍斗も絡んで主人公の少女化メス堕ちパートに突入していきます~


ここまでお読みいただき本当に本当にありがとうございます!

よろしければ作品フォローや♡、★評価などもぜひ――

(今後の執筆の励みにさせていただきます)

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