1-9 ♂ カラダを洗ってもらうだけって言っただろ⁉ ♀ 

「本当に、いいの……?」

 

 愛音あいねが真剣な声色で言った。


「ああ――ヤってくれ」


 俺は覚悟を決めて頷いた。


「分かった。じゃあ――やっちゃうね」


 場所は俺のマンションの風呂場。そして俺は全裸だ。

 もう一度言う。

 

 俺は――全裸だ。


 風呂場であるなら当然かもしれない。

 が……今の俺の身体は〝女子〟のそれだ。


 元男である俺が、自分のモノとはいえ女子の身体を。そのを。


 見るのはやっぱりどうしたって気が引けた。

 いわんやそのを〝洗う〟なんて、どう考えても心臓が持ちそうにない。


 というわけで。


 俺は自分の身体が見えないよう、こうして〝目隠し〟をして。

 脱衣や洗体は、幼馴染でありカノジョである愛音に頼むことにしたのだった。


(ちなみに愛音は濡れてもいいように、部屋のタンスにあった俺の体操服を貸して着替えてもらった。……ま、その体操服も当然ながら〝女子〟のものだったので、『俺の体操服』と言うのはいささか気後れするのだが)

 

「――んっ」

 

 俺の口から声が漏れる。

 背中にスポンジが触れる感触があった。十二分に泡立っているのであろうそれは、俺の背中をなめらかにすべっていった。

 

「みーくん、背中もすっごくきれい――すべすべだよ?」と愛音が言った。

 

 カノジョとはいえ。

 やはり自分のハダカを見られるのには幾分か抵抗があったが……背に腹は代えられない。


 肉体は女だとしても、俺の中身はあくまで男なのだ。


 『男が女のハダカを見る』よりは、『女が女のハダカを見る』ほうが健全に決まっている。

 

ここも私よりずっと大きいし――嫉妬しちゃうかも」

「――ひゃっ⁉」

 

 愛音の悪戯いたずらっぽい言葉と同時に、まさしく胸の部分にスポンジが移動して、たまらず声が出た。

 

「あは、かわいい声」

「じょ、冗談は……やめて、くれ……!」

 

 ちなみに。

 俺は現時点で相当にをしていた。

 

 人から身体を洗われるというのは想定以上にくすぐったく、背筋をぞくぞくとさせるものだった。

 それに加えてこのだ。視覚を奪われた分、他の感覚がさらに鋭敏になってしまっている。そりゃ声も漏れるさ。

 

「ふふ――あんまり大きい声出すと、お隣さんに聞こえちゃうかも。我慢、できるかな?」

「うっ……や、やめろ。耳元で……ささやくな……!」

 

 愛音は俺の耳に息を吹きかけように言った。ふたたびスポンジで胸のあたりをじらすように撫であげてくる。

 

「つうか……お前絶対わざとやってるだろ!」

「あは、ばれた?」


 愛音はあっけらかんと言って笑った。


「だって、みーくんの反応がかわいいからさー」

「うー……! こっちは必死だっていうのに――んあっ、くうっ……!」

「ほらほら、がまんだよー?」

 

 そのあとも俺は〝いたずらみ〟たっぷりに愛音に全身を洗われた。

 

 その間の感覚もレポートとして仔細しさいに伝えたいところだが……残念ながら、俺の思考は途中で完全にしてしまい、記憶がほとんど吹き飛んでしまったので語ることはできない。

 

「ふはあ。気持ち、いいな――」

 

 というわけで。

 

 気がついた時には俺は〝湯舟〟につかっていた。

 

 未だに目隠しはしたままなので、感触でしか分からないが……お湯はしっとりと暖かくて、全身の細胞に染みわたってくる。入浴剤だろうか、苺のような甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 これまでの緊張から解き放されたこともあり、たまらず安堵の声が漏れた。

 

「風呂が気持ちいいのは、やっぱり男女共通なんだなあ……」

 

 俺はしみじみと言った。なんだか気が大きくなり、鼻歌めいたものを口ずさむ。思い切って全身を湯舟の中に伸ばしてみる。すると足先がぷにっと、何か柔らかいものに触れた。

 

「ん? なんだ、これ……?」

「わっ。びっくりした、へんなとこ触らないでよっ」

「あ、愛音か。わりい、あたっちまった」

「ううん、いいよ。もうちょっとそっち行ける?」

「ああ」と俺は浴槽の端っこに寄った。「これでいいか?」

「うんっ。ちゃんと私も入れたよ」

「そうか。よかったよかった……って、愛音⁉」

 

 ばしゃん、とお湯が跳ねた。

 俺は驚愕したまま続ける。


「な、な、な……! なんで、お前が風呂に入ってるんだよ⁉ 洗ってもらうだけって話だっただろ⁉」

「あれ? そうだったっけ? 細かいことは気にしないのー」

「これのどこが細かいところだよ!」

 

 俺の脳内でイケナイ妄想がよぎり始める。

 さっきは洗い場だったから良かったものの……〝湯舟〟に愛音が入っている。

 それは、いささか、マズすぎる。だって。

 

「お前、今……ってこと、だよな……⁉」

「あは。みーくんってば面白いこと言うね」と愛音は無邪気な声を出す。「服を着たままお風呂に入る人なんていないよー」

 

「……‼」

 

 やっぱりだ。そらそうだ。当然だ。

 湯舟に浸かるということは――


「私、今――なにもつけて、ないよ?」


 そういう、ことになるのだ。

 

「……! ……‼」

 

 ぱしゃり。ぱしゃり。

 

 絶句した俺はふたたび湯面を叩いた。


「ねえ、みーくん……一緒に、入っても、いい?」

 

 などと愛音は聞いてきたけれど。

 聞くのがあまりに遅すぎる。

 

 一緒に入るもなにも、すでに俺たちは同じ湯舟に浸かっているではないか。

 お互い、きっと、一糸まとわぬ姿で。

 

「ねえ……どう、かな?」

 

 愛音の声は、真っ暗な視界の中で、やけに近くに響いて聞こえた。

 

「……っ⁉」

 

 世間一般の善良な人々にはどうか教えてもらいたい。


 

 ――キスもまだなカノジョ(うまれたままのすがた)が、いきなり湯舟に潜り込んできた時の対処法を。


 

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