1-10 ♂ 肉体変化、アゲイン! ♀

「みーくん。一緒にお風呂、入ってもいい……?」

 

 そんなラブコメ作品の中でしか聞かないような台詞(しかも割と年齢制限のあるやつ)が、品行方正で真面目な使の口から漏れた。

 

「ねえ、みーくん……?」

 

 耳元に愛音あいねの言葉と一緒に息がかかった。

 びくん、と俺の身体が跳ねる。水がしたたる音が聞こえる。

 顔のまわりが暖かいのは、湯気のせいだけじゃきっとない。

 

 あまりに異常事態アブノーマルな状況での愛音の催促に対して。俺は。

 

「で、でる……!」


 と喉の奥からどうにか言葉を絞り出した。


「でる?」と愛音が不思議そうに言う。

「もう、でる!」と言って俺はその場に立ち上がる。

「あ、お風呂をってことかー」

「他に何があるんだよ⁉」と俺は一応突っ込んで、手探りで浴槽のふちを掴んだ。

「え。みーくん、ほんとにでちゃうの?」

「ふあっ! きゅ、急にさわるな……!」

「もうちょっとあったまってからにしようよ」

 

 そうしたいのはやまやまだったが。


「お前が……は、裸になるんなら! 話は、別だ」

 愛音が首をかしげるような間があった。「えへ――大丈夫だよ、

「なにかの拍子に〝目隠し〟がズレたらどうするんだよ!」

「あは。フラグみたいなこと言ってるー。それに、見えないっていうのはそういう意味じゃなくて、」

「とにかく、俺はでるからな!」


 愛音の言葉を遮って。

 ぐい、と俺は縁に力をかけて浴槽から出ようとした瞬間。

 

「――のあっ‼」

 

 つるり、と。滑って。

 

「どえっ⁉」

 

 ばっしゃーん。ふたたび湯舟の中へと沈んで。

 はらり。――

 

 見事に秒速でフラグを回収してしまったのだった。


「みーくん⁉」

「だ、大丈夫だ……のあっ⁉」

 

 そして目隠しが外れたということは。

 俺は目の前の。浴槽につかる。服をきていない――


 生まれたままのカノジョの姿を目にした――ハズだったが。

 

「ん? あれ? ……み、


 そう。見えなかった。

 愛音はどこか得意げにして微笑む。

 

「えへ――言ったとおりでしょう?」

 

 視界に飛び込んできたのは――


 あたり一面に広がる〝白い泡〟だった。


「入浴剤で泡風呂バブルバスにしてみたの。これなら、安心でしょう?」

「うー……たし、かに」

 

 しかし。なんというか。

 愛音の言うとおり、もこもこと密度の高い泡で、愛音の〝大事なところ〟は隠れているが……逆にそれがで官能的に映らなくもない。


「うー……」

「ねえねえ、どう? 良いアイデアだと思わない?」

 

 愛音は白い泡つきの身体を見せつけるようにしてくる。俺は目をそらす。洗い場の鏡が目に入る。そこに映った俺の姿に一瞬ドキリとするが……泡の恩恵にあやかったのは俺も同じだ。肝心な『女の子の部分』は隠れていて見えない。

 

「泡越しでも……のは、分かるがな……」

「え? なんの話?」

「な、なんでもない! ……あ」

 

 続いて目に飛び込んできたのは、俺の首元に下がったペンダントだ。


「……私が外そうとしても、やっぱり駄目だったの」と愛音が言った。「さわることも、できなくって」

「ああいや、そうじゃない」

「え?」

「中になにか――溜まってないか?」

 

 俺は浴槽からぐいと前のめりになって鏡に近づく。銀の枠で囲まれたペンダントの宝石の中で――〝ピンク色の液体〟が揺れた。内部の7割ほどが満たされている。


「前までは、なにも入ってなかった気がする……」

「えー? そうだったっけ」

「気のせい、ならいいんだけどな――ふあっ⁉」

 

 鏡に映った俺の胸元に気を取られていると、背後から愛音に抱きしめられた。


「な、なんだよ、愛音。急に……」 

「えへ――つかまえた」

「つ、つかまえるもなにも! こんな状況じゃ逃げられないだろ⁉」

「うそつき」

「え?」

「だって今も……逃げようとしてる」

 

 そんなもの。

 当たり前だ。

 入浴剤の泡で隠されているとはいえ、その実は何もないようなものだ。

 つまり、後ろから抱きしめられれば――お互いの肌はゼロ距離に密着する。しかものオマケつきだ。

 そんな刺激に、極めて健全ないち男子高校生の脳が耐えられるハズがない。


「うっ、くっ……!」


 俺は必死に抜け出そうと試みる。しかし泡のせいで身体は滑ってうまくいかない。むしろ俺が身体を動かすたびに肌が擦れるのか、愛音は『あっ……みーくん、くすぐったいよっ……んっ、やめ、てっ』と耳元で吐息まじりに囁いてくる。いよいよ思春期の脳は限界だ。

 

「どうしたんだよ、愛音! なんか、変だぞ……?」

 

 そもそも。

 あの愛音が〝こういうこと〟に対して積極的だとは思わなかった。確かに明るく前向きな性格ではあるがで、どちらかといえばこういう場合、


『み、みーくん⁉ そっ! そういうのは、まだ早いよっ――』


 などと顔を真っ赤にして恥ずかしがるようなタイプだと思っていた。

 あ、いや。今は目隠しをしているので、実際に愛音の顔色をうかがうことはできないのだが。

 

「だって……なんだか、みーくん。女の子になってから、ますます……キョリを、感じるんだもん」と愛音は寂しげな声で言った。

「へ? ……距離?」


 俺は抜け出そうともぞもぞさせていた身体の動きをぴたりと止めた。

 

 こくり、愛音は頷いた。「私ね……うれしかったんだよ?」

「え?」

「みーくんのお部屋に来れて。こうやってお風呂に入れて――本当は。本当はっ」

 

 愛音はそこですうと息を吸って。

 唇を結んでから。打ち明けた。


「みーくんが、男の子だった時から――したかったんだからっ。こういう、こと」

 

 愛音は。天使姫様は。

 俺の背中にきゅうと身体を押しつけて続ける。


「時々ね、だったの。私って、みーくんの彼女なのかなって。彼女になって……なにか、関係性は変わったのかなって。もしかしたら、みーくんにとっては、今までとおんなじ――〝仲の良い幼馴染〟のままなんじゃないかなって。彼女になれて、舞い上がってるのは……私だけじゃないのかなって」

「……愛音」

「だからね、みーくんが女の子の身体になっちゃって。ちょっぴり反則かもしれないけど、こうやってお泊り会もできることになったし、一緒にお風呂にだって入れて……一気に距離が縮まったような気がしたの。だけど――みーくんは、そうじゃなかったみたい」

「そんなこと!」と俺は語気を強める。「そんなこと、ない」

 

 きゅう、と愛音が抱きしめる腕に力をこめてきた。


「……っ!」

 

 今度は。俺は。

 逃げようとは、しなかった。

 

 背中にが当たる。やわらかな膨らみが押し付けられる。

 間には文字通り何の隔たりもない。肌と肌が触れ合っている。熱と熱が重なり合っている。

 

「ねえ、聞こえるでしょ」


 と愛音は俺の耳元で言った。

 湿気を帯びた髪の毛が俺の首元に落ちる。

 そのくすぐったさにすこしだけ身をよじる。


「私、ずっと――ドキドキ、してるんだよ」

 

 愛音の胸の鼓動を背中にじかに感じる。

 どうしようもない暖かさを孕んだ音が、火照った肌を震わす。


 愛音は。

 続ける。


「女の子になったって、私は、みーくんの、彼女なんだよ……?」

「……っ!」

 

 俺はごくりと息を飲み込む。身体が硬直して動かない。

 

「……愛音」

 

 と俺は呟いて、視線を白い泡が広がる床に伏した。


 ところで。

 愛音はひとつだけ『大きな誤解』をしている。


 これではまるで俺が世紀の唐変木とうへんぼくで。

 

 愛音とのカレシカノジョの恋人関係を。

 お泊りができることを。

 こうしてふたりで抱きしめ合えることを。


 とくだんような言い方に聞こえるが――

 

 そんなワケはない。

 

「ううっ、くっ……!」

 

 俺の心臓は。きっと。

 キミの鼓動よりも熱く高く鳴っている。

 

 とっくに。とうの昔から。現在にいたるまで。

 

 俺はキミに――どうしようもなくドキドキしている。

 

 だから。


「ねえ、みーくん――

 

 なんて。愛音に言われたら。

 俺のカノジョに言われたら。


「――すき」


 泡だけで隠れた危険な格好で。

 ぎゅうと後ろから抱きつかれて。

 耳元で繰り返されたら。


「――っ‼」

 

 ガマンなんて。

 できるわけがなかった。


「あ、愛音……俺っ……!」

 

 熱い。身体が。心が。脳みそが。

 特に胸のあたりがひどく熱をもっている。たまらずかきむしりたくなる。


「……みーくん」

 

 至近距離で目と目が触れ合って。

 俺はもう――限界だった。

 どく、どく、どく、どく、どく――

 心臓の鼓動の収縮が、極大点を迎えたと同時に。


「――え?」


 周囲の泡だらけの空間を。浴室を。

 

 突如として発生した〝ピンク色の光〟が、照らしていった。


「あれ? なに、これ」と愛音も気づいた。

「この光、どこから――って、うおっ⁉」

 

 どこからもなにもない。

 怪しげな雰囲気の光は、他ならぬ俺の胸元にさがった――


 例の怪しげな首飾りから放たれていた。


「なっ……⁉」

 

 発光は止まらない。

 より輝きを増していくペンダントの中身は、いまや全容積が〝ピンク色の液体〟に満ちていた。


「みーくんっ!」

 

 やがて光はまとわりつくように俺の身体を包みこんでいく。

 それと同時に――肉体が変化しはじめた。


「……っ⁉ なんだ、これ、頭が、熱いっ……」


 思わず手をやる。手のひらに違和感があった。

 が盛り上がっている。


「な、なんだよ、これ……!」

 

 その突起は熱を帯びて外へと飛び出すように膨らんでいく。

 

「う、あっ……!」

 

 伸長していく感覚はそれだけではなかった。

 背中やお尻からも、身体の内側をこじ開けるようにナニカが飛び出していく。

 熱い。むずがゆい。そして止めどない――


「んっ、あっ――♡」

 

 それらが頭の中から爆発するように全身へと広がっていく。

 連動して、俺の黒髪が鮮やかな桜色に変わっていくのが視界に映った。

 

「はあ、はあ……」

 

 光はやがて落ち着いた。

 俺の息はすっかり乱れている。全身は汗だくになって上気している。

 

「み、みーくん! それ……!」

「え?」

 

 愛音が目をまん丸に見開いて言った。

 俺はゆっくりと首を回して、洗い場の鏡へと視線を向ける。


「な、な、な……!」

 

 そこに映った、俺の全身は――


「なんだよ、このカラダはーーーーーーっ!」


 なんだかえっちなに変わっていた。



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変わっちゃいました! 次回、淫魔化でたいへんなことに⁉(意味深)

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