1-7 ♂ お菓子みたいなメイク道具の数々 ♀

「な、なんだよ……この部屋は……っ⁉」

 

 自分のマンションに帰ってきた俺は絶句していた。

 男子高校生がこれまで暮らしていた場所はどこへやら。


 俺の部屋は徹底的になプリンセス・ルームへと変貌を遂げていた。


「わー! すごいすごい、お部屋もすっごく可愛いよーっ……!」


 俺を送り届けてくれた愛音が目をきらめかせる。

 

 白とピンクを基調にした家具。天蓋てんがいつきのベッド。女の子向けのファッション雑誌が置かれたガラスのローテーブル。ソファにはマシュマロみたいなクッションがカラフルに積み重なっている。壁側にはそのままま鏡の世界に飛び込めそうな白い木枠の大きな姿見。ふりふりの衣服がさがったワードローブ。きらきらと輝く飴細工みたいなアクセサリーやメイク道具が揃った、三面鏡つきのドレッサー。


 そして何より――空間に漂う愛くるしい甘い香り。

 

「お、女の子だ……」と俺は震え上がるように言った。「女子の、部屋だ……!」

「あはは。なにいってるの。今のみーくんは女の子なんだから、お部屋もこれくらい可愛くないとね~」

「あ、愛音の部屋とも、大違いだ……!」

「それはなんだか失礼じゃない⁉」


 愛音あいねが頬を膨らませた。

 幼馴染である愛音の部屋には龍斗りゅうとと一緒に何度か遊びに行ったことはあるが、もっとこう……実用的というか。ありていに言えばシンプルな感じだった気がする。


「……確かに、私の家より女の子女の子してるけどさ。あ! このコスメ新作のやつじゃない⁉ わー、こっちのブランドのもあるー!」


 愛音はまるで現代アートの作品みたいに収納されたカラフルなメイク道具を前にきゃあきゃあとはしゃいでいる。


「うー……俺には違いがまったく分からん……というかそもそも、何に使うものなのかもさっぱりだ」

「……っ‼」


 愛音が衝撃を受けたような顔を向けてきた。


「うそ、だよね……? あ、これは? 何か分かる?」と愛音は細長い筆みたいなもの手にして言う。

「いや」

「こっちは? あ、これならどう⁉」

 

 俺は次々と首を振る。


「…………っ⁉」


 愛音はさらに衝撃を喰らったように上半身を反らした。


「な、なんだよ。しょうがないだろ? 俺はそもそも〝男〟なんだから」

「ううん……状況は思ったよりも深刻そうね……」


 愛音は真剣な表情で『むむむ』となにかを考えるようにしたあと『よしっ』と意を決したような掛け声をしてスマホを取り出した。


「うん? 電話か?」


 愛音は人差し指で『しー』っと内緒のポーズを取ってから話しはじめる。

 

「……あ、もしもし。私だけど。……うん。今日ね、友達の家でお泊り会することになって。……うん、急にごめんね……大丈夫だよ。また連絡するね。はーい」


 スマホを耳から離して画面をタップ。どうやら通話は終了したらしい。


「なんだ。このあと予定があったのか。わざわざ送ってもらって悪かったな」

「え? なに言ってるの?」

「友達の家でなんだろ」


 ぱちくり。

 愛美は目を瞬かせて。

 不思議そうに首をかしげて。

 

 俺のことを指さしてきた。


「トモダチの家で、お泊り会――あ、正確に言えばってことになるかなっ」


「……へ?」


「言ったでしょう? 私が〝女の子としてのいろいろ〟を教えてあげるって。みーくん、思ってたよりなんにも知らないみたいだし。からじゃ、時間はどれだけあっても足りないもの。メイク道具のことだけじゃないよ? 女の子としてのルーティンとか、ちゃんとしっかり教えてあげるねっ。明日はお休みだし、ちょうど良かったあ」


 愛美は俺に有無を言わせないようにまくしたてて、すべて決定事項のように微笑んだ。


「ちょちょちょちょちょっと待ってくれれれれれれれれ」


 俺が動揺してどもりまくった。


「愛音が? 俺んちに? 泊まる……?」


 うんっ、と愛美は頷く。当然のように繰り返す。


「私が。みーくんちに。泊まるの」

「どっ! だっ! でぇぇぇぇ⁉」


 俺は少女の見た目とは似つかわしくない濁音だくおんを満載に叫んだ。


 ――カノジョが。カレシの家に。泊まる。


 それは世間一般でいえば何ら不思議じゃないことかもしれない。


 しかし。

 当然俺たちはお泊りなんかしたことはなく。

 なんならキスだってな、清き正しき幼馴染を体現する極めてピュアな関係なのだ。

 

 それがいきなり同じ屋根の下、ひとつの部屋で枕を共にするだなんて……が起きてもおかしくない。


「だ……だめ、かな?」


 俺のイケナイ妄想と困惑が愛音にも伝わったのか、彼女も胸の前で指を絡ませて恥ずかしそうに顔を赤らめていた。その仕草の破壊力たるや俺の理性を崩壊させるには充分すぎたが……。

 

「だだだ! だめ、だ……!」とどうにか理性で押しとどめた。

「どうして……?」と愛音は切なそうに言う。

「どうしてもなにも!」


 俺は視線を右往左往させながら訴える。


「俺たちは恋人どうしとはいえ、まだ高校生で――思春期真っ盛りのなんだぞ! それが、ひとり暮らしの部屋で、一緒に寝るなんて――」

「男子と、女子……?」

「……へ?」


 愛音に言われてハッとした。

 壁側の大きな姿見が目に入る。

 そこに映る俺の姿は。


「……あ」

 

 やっぱりどうみても〝女の子〟でしかなくて。


「わ、私だって!」と愛音が目をきゅっとさせて言った。「もしもみーくんが〝男の子〟のままだったら、何の準備も無しにこんなこと言わないよ……? だけどさ、女の子と女の子だったら、それはほら! 友達どうしでもよくある〝お泊り会〟だしっ? 意識するほうが変っていうか……その……」


『うんうん。そうよ、そうなのよ』と愛音は自分に言い聞かせるようにこくこくと頷いてから、あらためて俺に向き直って言った。



「だから――とだったら問題ないよねっ? ハジメテの、お泊り会」



「……っ!」

 

 ただでさえオカルト続きで疲弊していたのだ。

 

 愛美の提案をこれ以上拒否するだけの理由も理性も、今の俺には残っていなかった。



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次回、〝女の子のカラダ〟でお泊りパートです~!

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