1-6 ♂ 世界がキミに『女の子になれ』と囁いている ♀
「なにが、どうなってるんだよっ……⁉」
俺の喉から出るのは、どこまでも甘ったるい女子の声だ。
見た目と同じ通りに。――否。見た目からすれば、随分と荒っぽい喋り方かもしれない。
当然だ。俺は本来〝男〟なのだから。
鏡の中で身体を震わせる、こんなにもリボンやフリルの似合う『夢見るお姫様』のようなゆるふわ系美少女などではなく。
「あ……ペンダント」
そこで俺は首元に例の【首飾り】があることに気がついた。
トップにはシルバーの枠に囲まれた〝透明な宝石〟がはまっていてる。
「もしかして、こいつが……?」
俺は首飾りを外そうと手をやるが――
「と、とれねえ……」
見えない膜に阻まれるかのように滑ってしまい、触れることすらできなかった。
「お、おい
龍斗といえば、最初のうちは目をむいて驚いていたものの。
途中からは持ち前の冷静さを取り戻し、首飾りが入っていた木箱の中身が散らばった周辺を物色していた。
「ん……ボクにも、分からない。だけど――」
龍斗は黒い革製のバッグを床から持ち上げた。
リボンが編み込まれるようについている。女物だろう。
「ふたりとも、この鞄に見覚えは?」
「あるわけねーだろ」と俺は言う。
「私のでも、ないけど」と
「…………」
龍斗は返事を聞くでもなく、その鞄の中に手をいれた。
「お、おい! いいのかよ、勝手に中身を漁って」
「勝手にじゃない。――これは、ミナタの鞄」
「……は?」
意味が分からなかった。
俺の鞄? いや、しかし、と俺は考える。
身体も。服装も。女の子に変わってしまった今の状況であれば。
鞄を含めた〝他の持ち物〟だって、女の子のそれに変化していても不思議じゃないかもしれない。
(うん……待てよ?)
今や俺は誰もが認める美少女の姿だ。
ここまでは百歩――いや、
しかしその場合――
俺の
「おい、龍斗……!」
龍斗は財布を取り出して中身を物色していた。
その中から一枚のカードを手に取って、じっと眺めている。
やがて『ふうううううう』と龍斗にしては長い溜息をついてから。
俺と愛音に向かって、そのカードを差し出してきた。
「……え?」
そのカードには。
見慣れた美鏡学園の学生証には。
『性別:女』の記載とともに。
今の俺そのままの。
可愛らしい女の子の写真が印刷されていた。
「どうやら事態は、思ったよりも
龍斗が冗談じゃないように首を振った。
♡ ♡ ♡
つまりはこういうことになる。
俺が女の子に変わったのは身体だけではなく、
俺が〝はじめから女の子であったかのように〟世界が変わってしまったのだと。
「はは……なんだよ、それ……」
実際、愛音が何人かクラスメイトに連絡をして【櫻井みなた(学生証の俺の名前は〝ひらがな〟になっていた)】の存在を確認してくれたのだが、『
すくなくともあだ名が【困り顔黒髪ヤンキー】だった以前の俺だったら絶対に形容されなかったような発言をいくつか確認してくれた。
「でも……俺は、覚えてる。そんなワケはない。俺は〝男〟だった」
「私も、もちろん覚えてるよ? だって私、みーくんの――か、彼女だったしっ」と愛音が言った。
「ん。ミナタは、男、だった――たぶん」と龍斗が言った。
「多分じゃなくてそうなんだよ!」と俺は一応突っ込んでおいた。
つまりは
俺と愛音、龍斗の幼馴染3人だけは――
俺が〝男だった〟ことを。その過去を。
しっかりきちんと、覚えているらしい。
「ちっ! どうしようもなく――オカルトだ……」
そして。
一連の超常現象の原因はどうやら――
龍斗の祖父が探していたという、今の俺の首にかかって外れない【首飾り】にあるらしい。
「そう考えるのが、いちばん
古びた包装紙に吸い込まれていった俺の血。空虚な音。煌めき。
止まった蝉の声。雷鳴。光の爆発。
その中に飲み込まれるようにして――
気づいたときには、俺は〝今の身体〟になっていた。
「――ボク、調べてみる」
龍斗が言った。
「え?」
「この首飾りのこと。じっちゃんは海外だから、すぐには連絡取れないかもだけど。日本にも、じっちゃんの考古学の知り合いは何人かいるし」
「龍斗……」
窓から差し込んできた光が、龍斗の輪郭を滲ませるように照らした。
本当に王子様みたいだな、とこの時ばかりは思った。
「さんきゅ……お前だけが、頼みの綱だ」
「ん」と龍斗は午後の光の中で複雑に微笑んだ。「でも――これからミナタは、どうする?」
「あ、私、みーくんのこと送ってくよっ」と愛音が手をあげた。「龍斗が手がかりを探してくれてる間、私もできるだけみーくんのことサポートしてあげたいし。住んでる場所は? 前と同じかな?」
俺は床に置かれていた自分の鞄(……と表現するのも未だ違和感しかないが)から財布を取り出し、保険証を確認した。
「ああ。前と同じマンションみたいだ」
「ってことは、変わらずひとり暮らしなんだね」
「……たぶん」
他の家族は父親の転勤についていき今は県外にいる。
地元を離れたくなかった俺だけが残った形だ。
「今が午後の三時前で……うーん。今日だけで時間、足りるかな」と愛音が不安そうに言った。
「足りるって何がだよ」
「だってみーくんは女の子、ハジメテでしょ?」
「当たり前だろ……?」
何を言っているんだ、と当惑していたら。
愛音は自らの顔の横に指を立てながら言った。
「女の子にはね。男の子の知らないことがた~っくさん、あるんだよ?」
「……っ」
愛音の言葉に気圧されるようにして、俺は後ずさった。
スカートが空気を含んでふわりと揺れる。内側が太ももに擦れ、なんとも奇妙なくすぐったさがあった。
「だから私がカノジョとして。
なんだか嫌な予感しかしなかった。
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