1-3 ♂ 夏、猫、約束 ♀

「なつかしー! 変わってないな!」


 次の週末。

 俺と愛音あいね龍斗りゅうとの〝幼馴染3人組〟は、街の外れにある離れ山の中腹ちゅうふくに来ていた。

 目的は龍斗のじいちゃんから頼まれた考古資料の探索と整理。

 

 山小屋――と呼ぶには巨大な木造の御屋敷の前に俺たちは立っていた。


「昔はよくこのへんで遊んだねー」愛音が目を細めながら懐かしむ。

「野山を駆けずり回って……なにがあんなに楽しかったんだろうな」

「大人になるって、そういうこと」と龍斗が感慨深げに言った。

「……まだ俺たち高校生だけどな」と俺は突っ込んでおいた。


 空は青く晴れ渡っていた。

 日差しは屋根を覆うように伸びた樹々の枝葉によって隠され、地面にまだら模様の影を描いている。

 無数の蝉を筆頭として、夏の虫や鳥の声が合唱のように響いている。


「あ、思い出した……この裏手に縁側があるんだよな」

「えへ、覚えてるよー。3人で一緒に横になって、お昼寝したりして」

「手。みんなで、つないでた」

「「っ!」」現・彼氏彼女というデリケートな関係にある俺と愛音が跳ねた。

「……ガキ、だったかもな。やっぱり」と俺は言った。

「あ、あとさ――!」愛音が誤魔化すように手を叩いて言った。「猫ちゃんいたよね?」

「あー、いたなー。ハンゲツ。白と黒の毛がぴったり半分になってる猫な」

 こくこく、と愛音は頷いた。「かわいかったなあ。相変わらずみーくんは嫌われてたけど」

「うっせー。猫から好かれないのは、昔からなんだ」


 俺は唇を噛んで言ってやる。

 ちなみに俺自身は猫は大好きだ。こっそり猫のぬいぐるみも集めてたりする。だから本物の猫に触れようとしても避けられてしまうのは、ちょっぴり――いや、すっごく悲しい。


「「――あ」」


 全員の声があわさった。

 噂をしていれば、ちょうど倉庫の裏手から猫が飛び出してきた。白と黒の半分猫だ。


「ハンゲツ! ――じゃあ、ないか」


 見た目は似ているが、どうやらまだ子猫のようだ。『にゃあ』と短く鳴いて尻尾をゆらめかし、不思議そうにこちらを見つめている。


「うーん。もしかしたら、ハンゲツの子どもかも」と愛音が言った。

「ん。ありうる」

「ねえ、みーくん。この子なら触れるかもよ?」

「……そ、そうか?」


 俺はその白黒猫におそるおそる近寄ってみる。

 ゆっくりと手を頭に載せようとした瞬間――


『しゃああああああああ‼』と。


 やっぱりどうしようもなく毛を逆立てられ、


「いだっ⁉」


 がぶりと噛まれ、


「お、おい! 待ってくれ……!」


 その白黒猫は足早に茂みの中へと去っていった。


「……やっぱり、だめだったね」と愛音が申し訳なさそうに言った。

「相当、怒ってた。多分ミナタ、前世で猫の国を滅ぼしてる」

「どんなごうを背負ってるんだよ、俺! ……ったく。ちょっと期待したのによ」


 俺はTシャツの袖で目の付近を拭って(泣いてなんかないからな!)、足早に前に進み倉庫の扉に手をかける。

  

「とにかく! とっとと龍斗のじいちゃんからの〝頼まれ物〟とやらを探すぞ!」

「……鬼が出るか、蛇が出るか」


 ぎいいいい、と怪しげな音を立てて開いていく扉を見ながら龍斗がつぶやいた。

 

「環境的にまじで出そうだから、冗談でもやめてくれ!」



      ♡ ♡ ♡


 

『やめるときもー、すこやかなるときもー』


 いつかの夏。

 今日と同じような蝉のうるさい昼下がり。

 

 俺たち3人は、山小屋の裏手にある縁側で涼んでいた。

 まだ小学校の低学年頃の話だ。


『なに、それ』と龍斗が愛音にきいた。

『おまじないだよー』と愛音がんだ。『この前ね、親戚のお姉さんの結婚式でやってたの――ずっと一緒にいるための魔法の約束なんだって』

『へえ』と俺は素直に感心したように言った。

『――あたしたちも、やってみる?』


 愛音の提案に、俺と龍斗は無邪気にうなずく。


『やめるときもー、すこやかなるときもー』


 愛音は途中で『ええと、なんだっけ……』と一瞬首をかしげたあと、記憶を辿るようにして続ける。


『……これから、おとなになってもー』

『おとなになってもー』と俺たちは繰り返す。

『どんなことがあってもー』

『どんなことがあってもー』

『ずっと、一緒に』

『ずっと一緒に――』

『私たちは――でいることを、ちかいますか?』


 愛音が空へと掲げた手に、俺たちも掌を重ねて。


『ああ』『うん』


 互いに顔を見合わせあってから強くうなずいた。

 

『やめるときも』

『すこやかなるときも』

『俺たちは、いつまでも――なかよしで一緒だ』


 ちりりん、と軒下にさがった風鈴が涼やかに鳴った。


 その時はすくなくとも。

 俺たち3人の関係は――


 

 本当にに続くものだと思えたんだった。


 

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永遠はありません。次回、さっそく女の子化!(容赦なく希望を打ち砕いていくスタイル)

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