1-2 ♂ 世界一のカノジョ ♀

「あ――みーくんっ!」


 昼休み。

 屋上の扉を開けると、美鏡みかがみ学園が誇る姫天使様――こと白金坂しろかねざか愛音あいねが俺の姿を見つけてくれた。


「……よう」

 

 愛音は名前にふさわしい白金に輝く腰元までのロングヘアを揺らし、頬をほころばせて俺の方へと近寄ってくる。

 

 しかし最初は足早だったが、途中で『ハッ』とした顔を浮かべたあと、『こほん』とわざとらしく咳をしてペースを落とした。『べつに焦ってなんかいませんよ? 顔を見て思わず嬉しくなって駆け出しちゃったなんてことはないですよ?』と誤魔化したようなを浮かべていて、その一挙手一投足が可愛すぎて俺の心は尊さではじけ飛びそうになった。


「ふふ――よかった、ちゃんと来てくれた」


 愛音は言った。人が踏み入れない森の奥地の湖のように澄んだ声だ。


「あっ、当たり前だろ? ――彼女との約束を、忘れるわけない」


 俺は答えた。

 

 彼女。かのじょ。カノジョ。

 

 大切なことだから表記を変えて3回言ってやる。


「みーくんにその呼び方されるの、まだ慣れてなくて……えへ、なんだか照れちゃうね」


 つまり俺は、目の前の幼馴染の少女と。

 ふだんは大人ぶっているのに、俺の前でだけは素を見せて無邪気に微笑んでくれる少女と。

 異世界のお姫様のような理想体型プロポーションで、天使のようなキューティクルを輝かせる少女と。


 ――〝彼氏彼女〟の関係にあるのだった。


「あのね、みーくん。……えっと、これっ」


 愛音は肩に下げていた小さめの鞄から、可愛らしいピンク色の布に包まれたものを取り出して、俺に向かって突きつけてきた。

 

「私ねっ、お弁当、作ってみたんだ」

「え……愛音が?」


 こくり、と愛音はうなずく。


「へえ。はじめてじゃんか」


 こくこく、と今度は照れたように二回うなずく。

 

「だから、その――よか、ったら、一緒に……その……」


 もじもじとしている愛音に、俺は言ってやった。

 

「ああ。一緒に食べようぜ」

「ほんとっ?」


 愛音は顔を紅く染めて、幸せそうに口の端を緩めた。


「えへ――やったあ」


 その表情に。言葉に。仕草に。

 俺の思春期メーターは再起不能なほどに振り切れた。

 

「……ったく。もう」


 俺はニヤけそうになる口元をおさえて嘆息した。



 ――俺の彼女は心臓に悪すぎるぜ。



      ♡ ♡ ♡



「すげえ! めちゃくちゃうまそうだ!」


 屋上の端に並んで座って。弁当箱を開けて。

 俺は素直に感想を口に出した。


「えへ――がんばってみたの」と愛音が得意げに目を細めた。

「意外とこういう機会なかったもんな。てっきり料理だけ下手なキャラかと思ってた」

「なによ、そのキャラっ⁉」失礼だよー、と愛音は頬を膨らませる。

「冗談冗談。って俺の好きなハンバーグも! しかもチーズ入り――そっか。最近、龍斗りゅうとのやつが俺の好みの弁当具材を聞いてきたのはこれだったのか」

 

 いわゆる幼馴染から幼馴染へ情報の横流しってヤツだ。

 愛音も愛音で、俺に直接きいてくれればいいのに、とも思ったが――

 

「もー……そういうのは、気付いても言わないものなんだよ?」


 と愛音は頬を膨らませたのだった。

 

「そうなのか」

 こくこく、と愛音はわざとらしくうなずいた。「まったく。みーくんは女心ってものが分かってないですね」

「ごめんなさい」

「分かればよろしい」

 

 だから俺はそれ以上、たとえば愛音の指のところどころに絆創膏(きっと料理の練習のときについたんだろう)が巻かれていることに気づいても、なにも言わないでおくことにした。


「愛音、ありがとな」

「えへ――食べよ? 私もおなかすいちゃった」

「ああ。……って。あれ? 箸はどこだ?」

「箸はここだよ?」

「いや……お前の分は?」

「……あ」


 そこで愛音も気づいた。

 箸がしかない。


「あーーーーっ! 私、やっちゃった……!」


 愛音は頭を抱えてぐるぐると目を回し始める。

 顔は火が噴き出そうなほど真っ赤だ。

 

「ご、ごめんっ……せっかくだったのに。私、肝心なところで……」

 

 愛音は普段は周囲の期待に応えようと、見た目通りの〝なんでも完璧にこなしちゃう白金坂サマ〟として振舞っているが……幼馴染の俺は知っている。愛音は時折こういうふうに――ちょっぴりところがあるのだ。


 そんな愛音のことを――


 俺はもちろん、可愛く思えて。

 

「ったく。しょうがねえな……どれからがいいんだ?」

「えっ……?」


 俺は自分で箸をもって愛音にきいてやる。


「俺が食べさせてやるよ」

「~~~……っ⁉」愛音はその意味に気づいて、恥ずかしそうに口を結んだ。「だ、大丈夫だよ? ていうかっ――!」


 愛音は顔を赤くしたまま、俺の箸を奪うようにすると。


「……逆、でしょ?」

 

 などと、囁くような声で言ってきた。


「へ?」

「だーかーらっ! ――〝あーん〟をするなら、私の方、だよ?」

「……あ」


 俺も愛音の言葉の意味に気がついた。

 確かに古今東西において〝あーん〟というものは彼女→彼氏に向けて行われるのが一般的だ。

 

「ハンバーグ、からでいい……?」

「……ああ」

 

 俺はお言葉に甘えることにした。

 

「ん。それじゃ――あーん」

「……! めちゃくちゃ! ――うまい」

「ほんとっ?」


 愛音が目をきらめかせる。

 勢いよく前傾姿勢になったため、ただでさえ近かった互いの距離がより詰まる。

 

「「……あ」」


 咀嚼していた口の動きが止まる。

 瞳を逸らそうとしてみたが……近すぎてできない。

 姫天使が放つ神々しさは、幼馴染だからといって――否。幼馴染であるがゆえに、不可避で、圧倒的で――劇的なものだった。


「――みーくん」とキミはささやいた。

「……愛音」と俺はつぶやいた。


『んっ』と愛音が目を閉じて。

 俺はもう、理性を働かせることはできなかった。


 本能のおもむくままに。

 お互いに、唇を触れさせあおうとしたとき――

 

「――不純異性交遊は、禁止」


「「えっ⁉」」


 後ろから唐突に声がかかった。

 その声の主に、当然見覚えはある。


「龍斗!」と俺。「りゅーと⁉」と愛音。

「な、なんでここに……!」

「ふたりのこと探してたら、見つけた」


 俺と愛音は慌てて身体を離した。

 愛音は自分の真っ赤になった顔に向けて、手でぱたぱたと風を送っている。


「残念、って思ってる?」と龍斗が悪戯に口角をあげてきいた。

「……べつにっ」と愛音が頬を膨らませた。


 屋上を吹き抜けた風がふたりのことを揺らす。

 ううん。やっぱりこいつらが並ぶと絵になるぜ。


「……で、用ってなんだよ」と俺は仕切り直してきいた。

「?」龍斗が首をかしげた。

「探してたんだろ、俺たちのこと」

「あ。そうだ」


 龍斗はぱちん、と指を鳴らして言った。

 

「ふたりに、手伝ってもらいたいことがあって」

「ん? バイトか?」

「みたいなもの。じっちゃんに頼まれて。ボクだけじゃ大変だから」


 龍斗の祖父と言えば界隈では著名な考古学者だ。

 今は海外で研究をしているらしい。

 

 話を聞くに、


 ① 研究に必要で、とある考古資料(古い〝首飾り〟らしい)を送ってほしい。

 ② 資料は灰田家が管理する〝山倉庫〟の中にあるはずだから探してくれ。

 ③ ついでの倉庫内の整理整頓も頼む。


 というようなことだった。


「山倉庫って……小さいころによく遊んでた離れ山の〝秘密基地〟か?」と俺はきいた。

「そ。あそこの――どこかに資料がある」

「どこかって……結構でかかったよな、あの蔵。しかも中身ぐちゃぐちゃだったし」

「ん。だからこそ――ふたりの力が、必要」


 龍斗はそこで人差し指で鉄砲の形をつくって、俺たちふたりに順番に向けた。


「へえ。なんだか面白そうね、秘密基地もひさしぶりだし」

 

 隣をみると愛音は乗り気らしく、瞳をきらめかせていた。


「もちろん、じっちゃんからバイト代はでる。今週末、どう?」

「……ったく」


 そんなものは、龍斗から話を持ちかけられた時点で決まっている。


の頼みだ。やってやろうじゃねえか」


「――ありがと。よろしく」


 龍斗は安堵したような息を吐いた。


「うん? ……もちろん、お前もやるんだよな?」

「ボクは、保護者の役割。ふたりが労働するのを監視しながら、時々指示を出す」

「ふざけんな! お前が一番働けよ‼」


 龍斗は相変わらず冗談かどうか分からないように笑った。


 

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怪しいペンダントの存在がほのめかされました……!(フラグ)

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